初猟④(狩場チェンジ)

狩猟
全力で臨んだ方が何事も楽しいし結果も変わってくる

見回りの日々

猟師1人が仕掛けて良い罠の数は30個まで。
1か所仕掛けた時点で獲物が掛かる可能性は0ではなくなるが、その確率は限り無く0に近い。
そのため毎週、既に設置した罠を見回りつつ他に良い場所を探しては増やして回る。

設置済みの罠に何も掛かっていなくても、その周辺に何かしらの痕跡が無いかチェックは必要だ。

  • 罠の周辺に足跡ができている→獣が罠に気付き興味を持っている
  • 罠の近くに新しい道ができている→罠を警戒し避けているがその道自体は使いたい
  • 全く反応が無い→完全に警戒し道そのものの使用を避けている

といった具合に、現状把握と次の手を打つための情報収集をしていく。
「何も掛かっていませんでした。」
1人で見回りを始めた初期の頃は、そう師匠に状況報告する度に必ず尋ねられた。
「で、罠の周りに気配はあったか?」
罠を仕掛ける前は勿論の事、仕掛けた後も得られる情報は沢山あるのだ。

獲物をおびき寄せるためにエサを撒いたり、
罠を踏ませ易くするためにその手前に障害物を置いたりと、
何かひと手間加える度に、そこから得られるヒントが増えていく。

「なーんか落ち葉の向きが数か所、他と違ってる・・気がします。」
「エサが少しだけ食べられたような・・気がします。」
読みが間違っている可能性はある。
全く反応が無いと思っていても、それに自分が気付いていないだけかもしれない。
それでもなんとかして新しい報告をする事を心がけて見回りをしていると、
小さくても何かしら発見できるようになって行く物だ。

1度に大量の罠を設置するのは時間的にも無理がある。
変化点を見つけ出して分析を繰り返しつつ、徐々に罠の数を増やしていった。
そうする事で、単なる物量作戦ではない意味のある罠が増えていき、捕獲率は向上する。
観察力を養う事も自分にとっては楽しい物だった。

随分綺麗な道だ
人が使っているのだろうか

新しい価値観

しかし獲物はかからない。
師匠の読み通り、鳥獣被害対策で山中に張り巡らされた頑丈な柵が影響しているようだった。
次の週、そのまた次の週も気配が薄い。
「今までこんなに獲れない事はなかった。」
見る事する事全てが初めての自分にとっては面白くてたまらなかったが、
師匠のぼやきは毎週続いた。

猟期が始まって1ヵ月が過ぎようとしていたある日、
仕掛けた罠の半分も見回っていないタイミングで唐突に師匠が言った。
「今年はだーめだなここは。もう山を変えるぞ。」
新しく罠を掛けるためのポイント探しに夢中になって歩き回っていたので、
初めは何を言っているか分からなかった。
「(猟師特有の隠語か?)」
そう思ったのだが、
よくよく聞いてみると本当に罠を仕掛ける山そのものを変えると言うのだ。

平日は仕事のため、ありがたい事に自分の代わりに師匠が罠の見回りをして下さっている。
その見回りの合間にもっと獣がいそうな山はないか探し回っており、
古くから交流のある罠猟師達に聞き込みもしていたそうだ。

その中の一人から連絡があり、とある山にはそれなりに気配があるとの事。
ご友人はそこには罠を仕掛けていないので、
試しに行ってみてはと提案されたそうだ。
現在罠を仕掛けている山からは少し離れてはいるが、
このまま続けるよりは可能性があると師匠は判断したのだった。
てっきり、設置済みの罠は獲物が掛からない限り、
猟期終了までずっと埋まったままだと思っていた。
こういったダイナミックな判断は素直に凄いと思っており、
視野の狭い自分はいつも勉強になる。

狩猟を始めるまで、例えば釣りに行けば、
「まぁ釣れても釣れなくてもいいや。釣れなかったら海の機嫌が悪かったんだな。」
そんな適当な考え方をよくしていた。
当時は仕事で疲れ切っていて何もしたくない日々が続いていた。
ただ、じっとしているだけでは本当に何もしないまま酒を飲むだけで休日が終わってしまう。
だから何かする。
休日ですら周りの目を気にして、
何もしていない訳ではないと言い訳するために趣味っぽい何かをしていた。

結局、自分で自分の人生をつまらなくしていたのだ。
そんないい加減な時間の使い方が、師匠と知り合った事で少しずつ変わっていった。
過去の自分の事を話していると、
豪放磊落という言葉そのままの性格をしている師匠はたまに言う。

「お前の遊びは中途半端なんだよ。遊ぶなら全力で遊んだ方が楽しいだろうが。」

その通りだ。

日本海まで行ったのにフグだけしか釣れなかった日

新しい山

設置した罠を回収していく。
少し重めの岩が転がり落ちる等、
罠は一定の負荷が掛かったら作動する状態で危険なため、まずは師匠の手本を見学した。

罠を隠すために上にかぶせた土や落ち葉。
ある部分は雑によけて良いが他のある部分は慎重にあつかわないと危険である事、
罠の回収後は場の景観も元通り自然に戻す事、
安全も自然も大事にするようにその都度レクチャーを受けた。

そのお陰で誤作動は猟を始めた初年度、1人で見回りをしていた時の1回だけだ。
その時は罠の構造理解がまだ甘く、
回収後に誤作動防止のために掴んでいなければならない部分とは別の個所を握っていた。
そのまま急斜面を降りて行くタイミングで、すぐ傍にあった岩に罠をぶつけて作動。
絶対に目では捉えられない猛スピードでワイヤーが締まったので、
驚きのあまりその場でしばらく放心状態になった。
その経験のお陰で今では十二分に注意して取り扱っている。

全ての罠と道具を回収し車に積み込み、その後は昼食を食べてから新しい山へ向かった。
道や周辺の建築物の状況はどうなっているのか?
人から聞いただけ、ハンターマップを見ただけでは実際の状況は絶対に分からない。
昼を過ぎているので新しい山に罠を仕掛ける時間はどの道残されていなかったが、
まずは見回りと見切りが必要だった。

激変する風景

「全然違う。」
それが新しい山に入った直後の感想だった。

なだらかで歩き易かった以前の山と比べ、かなり傾斜があって少し登るのも一苦労。
車のエンジンも苦しそうだ。
植生は針葉樹もあれば広葉樹もあった。
日当たりが良い所と悪い所の差が激しく、
まだ昼過ぎだというのに既に薄暗い場所が多く眺めているだけで不安になった。

今では慣れた物だが、
道がどこまで続いているのか分からないまま山の奥深くへ進んでいくのは相当なストレスだ。
「(今この場所でタイヤがパンクしたらどうやって助けを呼ぼうか?)」
そんな事ばかり考えていた。
それ位、つい先ほどまで見回っていた山と景観が違ったのだ。

しかし当時、不気味にしか感じなかった自分とは対極で師匠のテンションは上がりっぱなし。
「今、道があったぞ!」
「ここ、ヌタ場があるな!」
本気で楽しんでいた。
そこかしこで見つかる獣の痕跡を見つけては、車から降りて調べて回る。
めぼしい所はGoogleMapに記録していき、
帰り道も把握できた段階でどの場所へ罠を仕掛けるか話し合った。

全体として、
痕跡自体は以前の山の方が多いが柵がないので獲れる可能性としてはこちらの方が上
というのが師匠の判断だった。
素人同然の当時の自分にはその判断がつきようもなかった。
しかし、師匠がそう言うのならそうなのだろう。
人里まで戻ってきたあたりでようやく自分も一安心。
翌週を楽しみにしつつ、その日も安全運転で帰宅した。

薄暗い風景も慣れると美しく感じるようになる

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エセ神戸は小食です意外ですねでもSNSは食い物ばかりアップしています。

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