四ツ脚を追え③

狩猟
昼食は豚

両目

「猪をもう1頭獲って両目にしたい所だな。」
山へ向かう道中、師匠が言った。

他ではどうか分からないが、自分達の住む地域では獲物が1頭獲れたら、
「片目が開いた。」
2頭獲れたら、
「両目が開いた。」
と表現する。
ダルマの目の事だ。

七転び八起きの縁起物であるダルマ。
購入時の両の目は白目をしている。
願掛けの際に右目を描き、願いが叶った際に左目を描く。
毎年ダルマを買うのかというと1個たりとも購入した事はない。
鹿2頭。
猪2頭。
鹿と猪1頭ずつ。
その辺は何だって良い。
獲物が2頭獲れたら、ひとまずそれなりの成果が出せて良かった良かったという意味だ。

先日の個体は小さかったものの、それでも鹿より大事にされる猪が第1頭目に獲れた事で、今年の狩猟に俄然弾みがついた。
自分も師匠も、猟期開始直後に罠を仕掛けまくって、年明けまでに無理して両目を開けるのを嫌う方だ。
獲ろう獲ろうと思って欲を出すとなかなか獲れない物だし、焦ると怪我や事故のリスクが増す。
だが、この流れに乗って2頭目も猪が獲れたら最高だ。
そういう意味で師匠は言った。

山へ入る。
既に仕掛けた罠は20個を越えた。
少ないと言えば少ないがそれなりと言えばそれなりの数になる。
エサに反応した気配が何1つ見当たらずガックリする事もあれば、あともう5センチで罠が作動したのにと地団太を踏む事もある。
その度に、
「まぁこのポイントならいずれ獲れる筈だ。」
「・・やっぱりこっちに移動させた方が良いのかも。」
と検討を繰り返す。

1頭だけ獲れた後で長期間何の猟果も無しでは、
「偶然運よく獲れただけ。技術で手に入れた訳じゃないよ。」
という気分になってしまう。
師匠の弟子となり狩猟を始めてから、何も獲れないなんて年は1度もない。
結局は誰かに肉を譲るために奔走する事になるのだが、それでも大して獲れていない内は全く安心できない。

師匠に修正して貰ったが、自分が見切りをつけて罠を仕掛けたあの柿の木の下。
もしくは、そこから50メートルほど離れた所に仕掛けた罠に掛かって欲しいと願う。
ダルマの表現。
猟師になってまだ1年目の頃は、なんだかベテラン気取りで恥ずかしくて口に出せなかったが、今では自分も普通に言う。
「片目のまんまじゃカッコがつかないですもんね。」
「早く両目を開けたいです。」

そう堂々と言えるだけの成果を、自ら選定したあのポイントで証明したい。

山の峠に到着した。
例年、鹿も猪もよく獲れる場所だが、今年はまだ何も掛かっていない。
ジビエBBQ開催直前、何度も何度もエサを食べられるだけ食べられた後、馬鹿にしたように罠を半分ほど掘り起こされた挙句、そのすぐ傍に糞をされた所だ。
あの時は本当に悔しい思いをした。

仕掛けた罠は計4つ。
200メートル程登った所にある。
全ての罠の中で最も急斜面且つ、最も落ち葉が堆積する場所。
とにかく脚を滑らせるので、車から降りた段階で2人共軽くウンザリしている。

罠がまた荒らされていたら直さなければならない。
エサが食われていたら追加しなければならない。
できれば両手に何も持たず登りたいのだが、それらが必要である事が分かってから、
「さぁもう1往復」
なんて勘弁だ。
銃を背負い、何も考えずスコップを取ろうとすると師匠が言った。

「杖代わりにするから俺がスコップを持つわ。道具とエサは持ちづらいから大変じゃん。」

・・なーんて素直なお人だろうか。
「俺は楽がしたい。」
堂々とそう言ってのけたのだ。

だが、年齢でいえばほぼダブルスコア。
何から何までお世話になっている方に言える事など皆無。
・・良いだろうこれも1つの筋トレだ。
山を歩くための足腰の粘りが少しでも培われたら重畳の至りでございます。
「了解っす!」
片手にエサ。
片手に罠道具。
枝1本掴む事のできない状態で斜面を登り出した。

ザクッ
ザクッ
ズルズルズル・・

ヒーしんどい!
わかっちゃいたけどしんどい!
叶うならすぐ目の前の木を掴んで体を上へ引っ張り上げたい!
足をどれだけ踏ん張っていても滑る時は滑る。
70メートル程登った所であっという間に息切れし停止する。

「ゼェゼェゼェゼェ」
歩みを止めるとものの数分で寒さを感じるのだが、動いたら動いたで暑さを感じる。
もっと歩けば汗が噴き出す。
なぜか師匠に追いつかれまいと変な意地を張る。
15秒程休んで、太ももの筋肉疲労が少し和らいだ所でまた登り出した。

ザクッ
ザクッ
落ち葉が凄いと言う事は立てる物音が凄い。
鹿と猪のどちらであろうとも、もし罠に掛かっていたとしたら、ほんの50メートルも近づけばやかましく接近してくるこちらの足音を聞きつけ、すぐに暴れ回る。
獲物が暴れたら、向こうが踏み荒らす落ち葉や、ワイヤーを括りつけた木の枝葉がガサガサ物音を立てて揺れるのでこちらも気づく。
それがこのポイントの例年のパターン。

100メートルを過ぎても何の音もしない。
ヒュゥゥウ
ギギギ
ザザザザザ
聞こえるのは、風と風にあおられる木のきしみ、そして舞い落ちる枯葉の音。
後は自分と師匠の息切れの音だけ。
そうか今日もいないのか。
あーしんど。
しかし罠とエサの確認をしなければ。

2度目の休憩を終え、1個目の罠に到着した。
罠は・・反応なし。
エサも食われていない。

「なーんにも反応ないですね!」
後から続く師匠に声をかけた。
計4つの罠は、ここから半径30メートル以内に全て仕掛けてあるので2つ目へ向かう。
反応なし。
あまりに足場が悪いので体の安定を保てない。
体力も限界だったので道具を降ろした。
「ゼェゼェゼェゼェ」
ちょ・・ちょっとマジで限界だ師匠の到着を待とう。

若干遠回りだが、比較的傾斜の緩やかなルートを選んだ師匠も休み休み登って来る。
「(正直、あのお年でこんな所を登るなんてスゲーよな。)」
そう思って見ていた。
そして振り返り、残る2つの罠の方を見る。
あと10メートルも登れば罠の様子がある程度分かるのだが、それがしんどい。
後30秒位は休んじゃえ。

そう思ってると師匠が叫んだ。
「掛かってるぞ!」
「!!!???」

お・・俺の方が先に登ったのにィィィィ!!!

槍と心の経験値

3つ目の罠は師匠の選んだルートからの方が確認し易かったようだ。
疲労を忘れ、慌ててこちらも登り出す。
鹿か!?
猪か!?
小さいか!?
大きいか!?
早く見たい!

嬉しそうに師匠が言った。
「猪だ!」
ぐおお言うなよ畜生!

すぐにこちらからも確認できた。
確かに猪が罠に掛かっている。
こちらがあんなにも音を立てていたというのに、こちらが立ち去るのを待っていたらしい。
凄く慎重な個体だ。
だが、10メートルまで接近する頃にはもう大暴れ。
ワイヤーがしっかりと脚を括っている事を確認し、どうやって止め刺しするかを考えた。

・・銃なんだよな。
普通に考えれば。
槍を作るためのパイプを車に取りに戻ってまた登るより遥かに楽だ。
先日の1頭目の時と同様で、その間に逃げられる心配もない。
周辺に民家なんてないから銃の発砲音で誰かを不安にさせる事もない。

それなのに・・槍を使った方が良い様に思えた。
というか、次の獲物は槍を使いたいと内心思っていた。
効率で行けば当然背負っている銃なのだが、1頭目の猪を仕留めた際、あまりにアッサリと獲物の命が終わった事に少し違和感を感じていた。
一撃で苦しませず止めを刺せるのならそれに越したことはない。
しかし、いつだって銃を使える訳ではない。
取れる手段が槍だけだった場合、銃に頼り切った自分はうまくそれを扱えるのか?
こんなにあっさりと、肉を手に入れてしまって良い物だろうか?

ここから降りてまた登る?
あの重いパイプを2本?
絶対にしんどい。
でも・・

おかしな表現になるかも知れないが、槍を扱う技術の向上だけではなく、もう少し罪悪感を感じる方法で止めを刺した方が自分にとって良い気がしたのだ。
何1つ師匠に相談せず、30秒位考えていた。

どういう訳か、師匠が言った。
「槍を使うか。」
ビックリした。
どう考えても銃を使えと言うと思っていたから。

でも、なぜかすんなりと納得した。
遥か下にある車を眺める。
さぁ・・しんどいぞこれはと思いつつ返事をした。
「逝ってきまぁす!!」

脅威的な力

ゼェゼェゼェゼェゼェゼェゼェ!!!!

2本のパイプを連結させれば片手は空く。
でも長く重い1本のパイプなんて想像しただけで不安定。
そんな物を持って登るなんて絶対に無謀だ。
両手にパイプを1本ずつ握りしめ、また師匠と猪のいるポイントまで登ってきた。

もうフラフラ。
モモも太モモもパンパンだ。
さっきの倍は休んだ気がする。
あの猪・・小さかったな。
奴のモモの肉づきもパンパンだと嬉しいのですが!

「おつかれさーん。」
座って休憩していた師匠は立ち上がり、スマホで動画を撮影する準備に入った。
ゼェゼェゼェ・・ヴェッ
普通に返事をしようとしただけなのに、呼吸が苦し過ぎて軽くえずいてしまった。
今度はこちらがその場に座り込み、呼吸を整えながらパイプとナイフを連結する。
相変わらず猪は大暴れだ。
早く止めを刺してやらなければ。

汗だくのまま、猪の上に位置するために静かに近寄っていく。
やはり小型。
ワイヤーがそこかしこの枝に絡まっており、もう猪は1メートル程も動き回れない。
けれど、元気が良すぎて全然動きを止める気配が無い。
槍を構えるが一心不乱に突っ込んでくるので狙いが定まらない。
それでも命中率を上げるため、切っ先を猪の目の前に近づけた。

槍を構える

ガリッ

切っ先をかじられた。
ただそれだけで凄いパワーだと感じた。
「スゥゥゥ・・フシュー」
下手を打てばこちらが危うい事を再認識し、大きく深呼吸して集中する。

猪がナイフを齧ろうとする瞬間、切っ先をサッと避ける。
この繰り返しで姿勢を崩してくれればありがたいのだが、なかなか体を真横に向けてはくれない。
あとちょっと・・あとちょっとだけ体を斜めにしてくれれば・・
こちらへ突っ込んで来てはワイヤーに引き留められ、下方へズリ落ちていく猪。
ワイヤーは切れないだろうが、猪が何度も目の前まで迫って来る度に少し怯む。
3度目の突撃が終わった所で、猪が姿勢を崩し体を横へ向けた。

1秒たりとも止まってはくれなさそうに感じた。
今やるしかない。
狙いは前足の付け根。
心臓めがけて槍を突き出した。
しかしその瞬間、同じタイミングで猪が身をよじった。

サクッ

ナイフが猪の左耳を貫くと、小さく猪は声を上げた。
「フギッ!! ガガガァッ!!!」
あああごめん!
慌てて槍を引き抜いた。
怒りを露わにした猪は、より激しくこちらへ飛び掛かって来る。
構え直した切っ先にまたもや2度3度噛みつこうとした。

耳を貫く

「(これ長丁場になるのか・・?これワイヤー切れたら俺は大怪我だな。いやいや早く止めを・・)」
そう思いつつ、今度こそはと小さく呼吸を整えた。
小さな猪は狙いが定め辛い。
体を大きく落とし、重心を下げて槍を構え直す。
一瞬、猪は逃げようとして、またこちらへ突撃。
ようやくまた姿勢を崩し横を向いた。
今だ。

ズゴッ

今度こそ前脚の根元へ命中した。

「ヴギィィィ–ガガガァッ!!!」
「!!??」

猪が槍に刺されたまま突っ込んできた。
小型なのに、
こちらの方が上に位置し体重をかけているのに、
両手でしっかりと槍を掴み思い切り力を加えているのに、
自分の体があっという間に持ち上げられ、そして後方へ跳ね飛ばされよろめいた。

一瞬で体を持ち上げられ

後ろに跳ね飛ばされ足を滑らせる

早く槍を引き抜きたいが、致命傷に至らなければ3回目の刺突が待っている。
それだけは勘弁だと、刃が深々とまで入っている事を確認した。
これで致命傷になった筈。
絶対に致命傷になっていてくれ。
もう動きを止めてくれ。
そう思いながら槍を引き抜いた。

一瞬その場に崩れ落ちるも、猪はまた立ち上がる。
だが明らかに力を失い、斜めに立ち上がっては倒れ込む。
10秒も経たない内に猪は仰向けになって脚をバタつかせ、すぐに動きを止めた。

先を行く師匠

絶対に終わった。
それを確信し、刃先に着いた血のりを落ち葉で拭き取る。
よくYoutubeでは、仕留めた獲物の毛皮で拭き取る方がいるが、どうもそれをする気になれない。
結局は埋めてしまう部位ではあるのだけれど、個人的にはなんだか雑巾代わりにしているようで申し訳なく感じる。

じゃあ自分はそういった方々がするように、獲物に向かって手を合わせたり、山に向かって感謝のお辞儀するのかというと一切しない。
肉の一部を神棚に納めたりもしない。
獲物にも山にも、山を整備してくれている林業関係者にも敬意を払うけれど。
趣味として始めた自分がそういった行動をすると、ただ胡散臭い物になってしまうと感じるから。
だからこの辺は人それぞれなのだろう。

同時に達成感を感じる。
・・やったぜ今度はメスだ。
ハムかソーセージでも作ろうか。
今度はもっとうまくやろう。
またジビエBBQに1歩近づいたなぁ。

後悔も。
槍で刺した感触がまだ残っている。
失敗した。
一撃ではなかった。
無駄に苦しませてしまった。
結局は槍も銃も恐ろしい。
取り付けたプレートを外さないと。
仕掛けた罠一式に漏れが無いかちゃんと確認しないと。
ワイヤーは・・グニャグニャに曲がってしまっているから交換だな。

反省しながら周辺を掃除した。
あれやこれやとブツブツ思いを巡らせていると、嬉しそうに師匠が言った。
「お疲れさん。これで両目が開いたな。」

それで我に返った。
し・・しまった完全に忘れていた!!
ここはただ素直に喜ぶべきタイミングだった!!

心に余裕ができた分、
「(お・・俺の方が先に言いたかったのにィィィィ!!!)」
と思いつつ、素直に笑って返事をした。
「・・そうっすね!!!」

自分以外の存在に、いつだって自分の世界を切り開いて貰ってばかりだ。
師匠のように狩猟を純粋に楽しめる日は来るのだろうか。
やはり負い目を感じながら続ける事になるのだろうか。

心の目は、まだ開かない。

一流料理人があなたの劇的な料理上達にコミット!【RIZAP COOK】

ありがとう

狩猟
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エセ神戸は小食です意外ですねでもSNSは食い物ばかりアップしています。

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