獣道の濃度
初めてのジビエBBQは成功した(と思う)。
ただやはり思うのだ。
「獲れたてを食べて欲しかったなぁ・・」
すぐに獲物が獲れてしまっては狩猟としての面白味が何もないのだが、それでも1頭も仕留められなかったのは悔いが残った。
猟期開始直後。
人がほぼ山に入る事の無いため、獣の警戒心がまだ薄い状態。
そんな状況で10日近くの猶予があったのに、何の猟果も得られなかった事がいつまでも心残りだった。
「まぁ思ったように獲れたら何の苦労もしねーよ。」
後日、山へ向かう途中でそう師匠は言った。
それはそうなのだが・・
自分がまだまだ未熟だからダメだったのであって、師匠なら獲れたのかも知れない。
そう思うと、もう誰かの要望に応える必要がなくなったのに、猶更獲物に執着する自分がいた。
仕留めたい。
捕獲したいと思った時に、そうできるだけの技術が欲しい。
勿論、狐や狸といった中型獣ではない。
鹿、可能であれば猪を獲りたい。
1人で仕掛けられる罠の数は最大30個なので、師匠と合わせれば60個だ。
だが、そこまでの数の罠を仕掛けた事は無い。
1度に車の荷台に載せられる罠の数や、見回る事のできる時間には限りがある。
そういった点を考慮すると、例年20~25個がせいぜいといった所。
広大な山の中で、決して多いとは言えない数の罠の1つ、その直径12cmの穴に踏ませしっかりとワイヤーで縛り上げなければならない。
山の中にある無数の獣道。
広葉樹の落ち葉が積み重なる場所を鹿や猪が通れば葉が潰れ、そうではない場所であれば地面がうっすらと露出する。
慣れはある程度必要だが、自分が目の前に見えている風景の中でそれは如実に現れる。
この道は何年も前に使われた道だろうか?
去年?
・・今?
今現在使われているとしたらどれ位の頻度で?
樹木で例えるなら幹を探す。
末端の枝のような細い道に仕掛けてもまず捕獲できない。
可能性は0ではないが0に近い。
あからさまに道があれば『濃い』。
なんとなく通ってそうであれば『薄い』。
自分達はそう表現している。
濃い道はどこだ?
そういった道を探し出しただけではまだまだ情報不足。
日当たりは?
1日中、獣が薄暗い場所で活動し続けるとは思えない。
寒く暗い夜を明かした後、朝は暖かく明るい日光を浴びる事のできる場所を目指すのでは?
水も食料も必要だ。
小川の流れる音が聞こえてはこないか??
栗や柿やドングリといった栄養豊富な実を落とす広葉樹があるのはどこだ?
強靭な蹄と筋肉を持たない人間が歩き易い道は、当然、獣にとっても歩き易い。
だが、ただの平らな道ではだめだ。
植物や岩盤や山肌。
獣が遮蔽物を利用して安心安全に山から山へ渡る道はどこにあるのか?
そういった様々な条件を考慮して山の中を歩き回ると、
「ここならイケる!」
と自信を持てるポイントは本当に僅かである事が実感できるようになった。
大概、考えている。
『何か違和感を感じる情報はないか?』
『果たしてあそこは数少ない罠を仕掛けるに値する場所だったのか?』
罠の見回り中、くだらない会話を師匠と交わしている最中も、2人の視線は地面や山の木々を向いている。
自分だけの感覚
師匠が風邪を引いた。
信じられない。
師匠は自分のような座り仕事ではなく、猟期外は趣味の畑仕事と並行して獣害駆除に参加している。
夏場はひたすらうなぎ釣りに没頭している。
体力が無限にありそうなあの師匠が?
珍しいと言うか初めての事でビックリした。
電話で聞いた所によると熱は大した事が無いが咳が止まらないらしい。
これでは罠の見回りは無理だ。
慌てて近所のドラッグストアに向かい、飲み物とかお菓子とかお粥とか師匠が愛してやまないカップ焼きそばUFOとか買ってご自宅に届けた。
普段、お世話になっている分、自分が時間を捻出して山へ行かねば。
気が引き締まった。
見回るだけでは駄目だ。
いずれは自分1人で全てこなさなければならないのだ。
この機会にレベルアップしてやる。
翌朝、師匠の車に積まれた道具一式を自分の車に積み込み山へ向かった。
Amazonでトレイルカメラを買っておいて良かった。
1台しかないが、先週、とある罠の前に設置しておいたので、獲物がやって来れば動画が撮影される。
そこから得られた情報と合わせ自分なりの方法を駆使して検討を繰り返し、自分だけで見つけ絞り込んだポイントに罠を仕掛けてみよう。
もうここしか考えられない、そう思われたポイントのたかだが数メートル数十メートル先で、更に濃い道を師匠が探し出すという事がこれまで数多くあった。
あれは真似しよう。
普段、自分なら諦めてしまうようなポイントにも行ってみる。
これまで教えて頂いて積んだ経験と、自分だけの感覚を頼りに歩き回った。
その日は残念ながら獲物は掛かっていなかった。
最後の罠にセットしてあるカメラを確認する。
・・おお!
新しいデータが保存されている!
何が映っているのかワクワクしながら再生する。
だが、そこには罠を仕掛ける師匠しか映っていなかった。
お前かい!
寝てろ!
だがある意味、好都合だ。
解体に使えなかった残り時間は経験値を稼げる時間とも言える。
そう強制的に意識を変えてどんどん歩く。
いつも罠を仕掛けるポイントも、周辺を念入りに調べる。
すると、車に戻るルートの道中である場所が気になった。
赤い実が半分食われて落ちている。
柿だ。
木を見上げる。
いつも遠目に眺めて素通りしていたが、これ柿の木だったのか。
再び柿を見つめる。
あっ、シカの足跡があるじゃん!
もっと足跡がないか周囲を歩き回る。
すると、近くに栗のイガが無数に落ちていた。
いつも遠目に眺めて素通りしていたが、これ栗の木だったのか。
どの栗もイガだけ残して中身が綺麗に食べられている。
・・イノシシさんですか?
鼻の効く猪でなければここまで綺麗に食べられ・・いや鹿も硬い蹄があるから可能なのか?
でも草食獣の歯で鬼皮を剝く事なんて・・いや丸飲みするのか?
今年落ちた栗や柿が食べられているという事は、絶対に現在進行形で何かしらここへ来ている。
足跡はどうみても猪ではなく鹿。
中途半端に柿を食べているという事は、渋柿がまずくて食べるのを諦めた?
栗を食べ尽くすなら・・嗅覚に優れる猪な気がする。
つまり・・どっちもいる?
車へ戻り、エサを持ってまた柿の木の元へ。
栗の木の下よりも、こっちの方が罠を設置するための穴が掘り易いので、ひとまずここにエサを撒いてみよう。
これが食べられていたらビンゴだな。
ついでに2年前に仕掛けたすぐ50メートル程先の場所にも撒いてみよう。
あそこでは鹿が2頭獲れた実績がある。
今年は薄い痕跡しかないけれど、元々が小石の多い場所で足跡が付きにくく・・感じる。
木々が生い茂っているので他の道よりもやっぱりこの道を安心して通りそうに・・感じる。
ボウズ(猟果0)である事。
そして新しいポイントを見つけた事。
師匠にLINEで連絡し、薄い期待を胸に帰宅した。
罠の一部
「俺がいなくて寂しかったろ?」
師匠は言った。
「さみしかった!」
即答した。
『もう回復した』
一度、そうLINEで連絡が来たもののまだ本調子ではなかったらしく、自分1人で見回る日々が続いていた。
相変わらず獲物は獲れていなかった。
あと少しで既存の罠を獲物が踏みそうだった事が何度かあったが、結局は1頭も獲れなかったのだ。
愚痴すら言える相手がいなくて鬱屈していた。
時間もお金も随分とかけたのに、何も獲れないと自暴自棄になってくる。
エサが食われているとかならまだ良い。
一切合切、何1つ気配が無い日なんかは、車内で音楽をかけていてもまるで気が上向かない。
キャンプや登山が目的ならまるで気分も違ったろうが、
「(私は今日、誰もいない山をただ徘徊して半日を過ごしました。)」
という気分で車を運転していた。
自ら見つけたポイントに撒いたエサは2ヵ所とも綺麗に食べられていた。
あの時ばかりはテンションが上がり意気揚々と罠を仕掛けた。
だが、エサを食べられるばかりで1頭も獲れない。
うーん悔しい。
でもいるいるかいないかでいえば間違いなくいる。
師匠に見てもらった。
「・・ここは場所が悪いなぁ。」
柿の木の近くに仕掛けた罠の位置がまずかったようだ。
鹿の残した足跡、その先にある細い道に設置したのだが他に通る道があるのだろうか?
そう思っていると、エサを撒いた位置から離れすぎているのだと言う。
・・それはそうだが10メートル位しか変わらないのに?
どの道通るであろうルートなんだからこっちにも来るのでは?
この数メートルの差で猟果が変わるようだ。
だがポイント自体は悪くないらしい。
既に自ら仕掛けた罠を掘り起こし柿の木の近くへ移動。
更に2つ追加して計3つにした。
もう1ヵ所もエサが食われている。
こちらは合格を貰えたが、やはり捕獲率を上げるために2つ追加した。
「ここ、近い内に獲れるぞ。」
おお・・
師匠に言われると俄然期待できる。
そして自分の判断がまずまずだった事にも安心した。
カメラを設置した最後の罠へ向かいデータを確認。
・・鹿が映っている!
そしてタヌキも!
あと罠を見回っている自分も(いらんわ!)。
おぉートレイルカメラ効果あるんだな。
師匠と共にキャッキャしながら眺め、その内ここも掛かるだろうという事で放置した。
厳密に言えばその最後の罠というのは、カメラを設置したポイントと、更にそこから50メートル程の急斜面を登ったポイントの計2ヵ所あった。
罠に掛かった獲物は、大概100メートルも近づけばこちらに気付いてなんとか逃げようと走り回る。
カメラを見ながら長時間キャッキャしていたのに、斜面の上からは何の物音も聞こえてはこなかった。
2人共、その日は完全にボウズを確信していた。
でも気配はあるかもしれない。
登るのは大変だけどエサが食われていたら追加しないと。
そう思って最終確認で自分が先に登り出した。
たかだが10メートル程登った時、それはあった。
罠だ。
罠の一部が木の根元にある。
思わず口に出た。
「なんじゃこれ???」
こんな所には絶対に罠を仕掛けていない。
なんでこんな所に罠が、そして一部だけあるんだ???
拾い上げ3秒考え、思い当たった。
こんな事ができるのはアイツしかいない。
「師匠!」
後に続く師匠に罠を見せる。
見上げた師匠はそれを見て、瞬時に全てを理解し目を見開き笑顔を見せた。
思わずこちらも笑顔になり斜面の上を注視する。
そして、1歩・・2歩・・と慎重に登る。
・・・ピョコッ
アイツが顔だけ覗かせた。
猪だ!
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