達成感と罪悪感

狩猟

負い目

自分が鹿を仕留める様子を師匠が撮影してくれていたお陰で、
復習はいくらでも出来た。

通勤中や仕事の休憩時間、
間違っても鹿の悲鳴が周囲に響き渡らないよう、
音量ゼロでスマホで動画再生。
帰宅後は仕留めた鹿肉を食べたりジャーキー等の加工品を作りつつ、
どうすればもっと効率よく止めを刺す事が出来たのか考え続けた。

ジャーキー。鉄分が多いため酸化して真っ黒。

銃を所持していない以上、これからも槍を用いた止め刺しをする事になる。
仮に所持していたとしても、
銃の使用が許可されていない区域で狩猟をする場合等、
例外はこれからいくらでも出てくるだろう。
刃物による止め刺しの技術をもっと高めなければならない。
それが分かっているのなら、
もし次に獲物が掛かった時は一撃で仕留めたい。

あの時、ためらいながら振り下ろしたスコップ。
ビビりながら突き刺した槍。
動脈は、心臓は、その他の致命傷となる部位はどこだったのだろう?
どんなタイミングで刺せば良かったのだろう?
やはり師匠の言う通り、一貫して首を狙った方が早く済んだのだろうか?
狩猟免許の試験を受けた時と同様、
何度も何度も繰り返し動画を見ては考える。
そうしている内に、どんどん気持ちが沈んでいくようになった。

鹿が苦しむ様子を延々と見続けた事で、
いつの間にか自分が追い詰められていた。
なんて酷い事を始めてしまったのだろうかと、
鹿に対する申し訳なさで一杯になる。

先輩猟師達はどうやってこの苦しみを乗り越えたのだろう?
乗り越えるとか乗り越えられなかったとか、
そんな事を考える自分がおかしいのだろうか?
こんな風にいちいち戸惑ったりしないものだろうか?
単に性格の違いだろうか?
飽きた飽きたと言いながら、師匠はとても楽しそうだ。

肉を手に入れ食べる喜びを感じつつ、
獲物を食べれば食べる程、
止め刺しを復習すればする程、
後ろめたい事をしているという気持ちが強くなっていった。

体が重く息が苦しい。
ついこの間とは全く逆の希望を持っていた。
どうせ獲れるなら、
次は師匠の見回り中にしてくれないものだろうか。
どんどん気持ちが後ろ向きになっていく。
しかし師匠から獲物が掛かったという連絡はなかった。
2頭目が獲れたのは、またもや自分が参加した土曜日だった。

最後の最後で

「食ったか?うまかったか?」
山へ向かう道中、
師匠が笑いながら質問してくる。

勿論、うまかった。
解体や精肉の苦労。
自ら獲物を仕留めて肉を得たのだという満足感。
鹿独特の風味や旨味。
どうすればもっと美味しく食べられるのか試行錯誤している事。
狩猟の醍醐味を存分に味わえている事。
それらは師匠のお陰だと、素直に感謝の気持ちを伝える。

一方で内心思っていた。
「(しばらく獲れないでくれ。殺したくない。)」
背中にのしかかる罪悪感は、
日ごと重みを増していく。
以前なら、
行くなと言われても意気揚々と1人で山に突っ込んで行った。
なのに今では、
「(ああ~何事もなく終わってくれないかな~。)」
だ。
なんて無責任なのだろう。

その日もいつも通り山へ入り罠を見て回った。
罠は山の入口から峠を越え、
その先の麓までの間に20個は仕掛けている。
罠の脇を何かが踏んでいたり、
少しエサを食べられていた形跡があったように思うが、
獲物は何も掛かっていなかった。
一度獲れた所には仲間は警戒して寄り付かなくなる事が多い。
罠に掛かった獲物が暴れ回るからだ。
だから当然と言えば当然だが、
前回鹿を仕留めた峠にも何も掛かっていなかった。

後半も成果なし。
何も獲れない事にホッとしていた。
しかし峠を越えて下った最後の罠、
そこで鹿が掛かっていた。

2頭目

「僕、見てきますよ。」

一番最後に仕掛けた罠は、
場所によっては両手を地面について這って行かねばならない急斜面を登った先にあった。
見回りという意味では最も厄介な場所にある。
冬期の山は降り積もった落ち葉でただでさえ滑り易いので、
師匠に負担をかけるまいと思い、
1人で確認に行こうと思ったのだ。
「んー。じゃあ頼むわ。」
そう許可を得て、車から降りた。

罠の設置場所へ向かう道中、鹿の糞を確認する。
罠を仕掛ける前に既に見つけていたものだ。
大きさからして成獣だと教えて貰う。
小さな糞も近くにあったので子供もいるようだ。
雄は大きくなると単独行動するので、
親子共に行動しているという事は、
そこにいたのは大人の雌だったのはほぼ間違いない。
「道が沢山あるけどな。尾根を越えるための道はここしかねえだろ。」
そういう師匠の読みで指定された所に罠を仕掛けていた。

それまでの罠にはほぼ反応が無かったので、
時間には余裕があった。
ここまで1頭もかかっていないのだ。
最後も何事もなく早々に帰って終わりの筈だった。
息を切らしながら転ばない様に注意して、
ゆっくりと仕掛けた罠を目指す。

何も獲れていない事を願い斜面を登る。
しかし世の中、ままならない。
というかこういうものなのだろうか。
何も掛からない日々が随分と続いたのに、
2頭目となる大きな雌鹿が罠に掛かっていた。
静かに座り込んでいる。

師匠の読みが的中した。
獲れた喜びと、殺生という行為への罪悪感がまた同時にやってきた。

早く

あと5メートルという所まで接近しても、
時折ちょこちょこと身をよじりはするものの、
鹿はこちらにずっと背を向けて座り込んでいる。
「・・・・?」
暴れも鳴きもしない。
一瞬、死ぬ寸前なのかと不安になったが、
背が大きく上下しているので呼吸しているのが分かる。
状況がよく呑み込めない。

更に観察していると、
鹿の周囲1メートルの地面がかなり荒れている事に気付いた。
暴れ回ったのだろう。
そしてその過程でワイヤーが木の根に絡まったらしい。
ワイヤーが根にグルグルと巻き付いており、
どんどん短くなった結果、
全く身動きできなくなっていたのだった。
これでは絶対に逃げられまい。

手ぶらで来たのでまずは車に戻り報告しよう。
そう思いながら、
他に得られる情報はないか鹿の周辺を確認する。
そこで気が付いた。
ワイヤーが掛かっていない方の鹿の前脚が、
不自然に真横を向いている。


あんな所に間接は無い・・と思う。
自分の脳がおかしな理解をしているのかと戸惑い再確認。
更に数秒考えて、理解した。
脚が完全に折れている。

左の前脚はワイヤーに縛り上げられた。
逃げようと暴れている最中に右の前脚が折れた。
そこでもうどうしようもなくなって座り込んでいたのだ。
それが分かった途端、慌てて山を下り始めた。

ああごめんな。
苦しかったろうに。
何度も転びながら、
師匠の待つ車へ走って向かった。
早く、早く止めを刺してやらねえと。

動けない鹿

20秒

師匠は大喜びだった。
それを見て思わず自分も嬉しくなるが、
早く鹿を楽にしてやらねばとすぐに槍の準備に取り掛かった。
また言葉が自然に出てくる。
「僕にやらせて下さい。」
なんだんだろうこの感情は。
殺したくないのに。

罠が掛かった状況を説明しながら、
早歩きで師匠と共にまた鹿の元へ向かう。
「脚が折れてるんです。早く止めを刺してやらないと。」
そう言うと師匠はあっけらかんと返した。
「おうそうか。まぁまぁある事だ。」

・・あるのか。
こんな事がこれからも続くのか。
そう思うと一層気が重くなった。
だが散々世話になっておいて、開始早々
「やめたいです。」
なんて身勝手過ぎるし笑われるだろうし呆れられるだろうし申し訳ない。

自分が望んだことだ。
何とかして心と折り合いをつけなければ。
これから行う行為から、
狩猟を前向きに捉えるためのヒントを得なければならなかった。

ガサガサと激しく音を立てて師匠と2人で鹿に近づいていく。
すると、
先程とは違い鹿は明らかに動揺して激しく身をよじり出した。
だが、相変わらず座り込んだままの姿勢を変えられないでいた。
息を切らしながら急いで槍を組み立てる。
師匠はまたもや撮影をしてくれるようだった。

「準備できました。」
「良し。いいぞ。」
槍を持ち、ゆっくりと鹿へ近づいていく。
初めて鹿の前側に出てその顔を見た。
怯え切った瞳がこちらを見つめている。
苦しい。
苦しい。
でも俺がやる。
俺がやる。

鹿は動けないので、狙いを定めるのは簡単だった。
鹿の喉元へ槍の先端を向ける。
真正面からなら刺突を妨げる骨はない筈だ。
前回とは違い、始めから全力で槍を握りしめる。
ごめん。
ごめん。
そう思いながら、まっすぐ槍を突き出した。

ズボッ!

深々と槍が鹿の体内に入った直後、

ピィィィ--------ッ!

と、鹿の悲鳴が山に響き割った。
驚いて槍を引き抜く。

ヴゥゥゥ--------ェェェ・・・

低く小さいうなり声をあげながら、
1頭目の時と同じく鹿は首を空に向けた。
そしてすぐに横たえて、動かなくなった。

槍を刺してから鹿が動かなくなるまで20秒。
前回と違い一撃。
その一撃だけで致命傷になった事が良く分かった。

心の中で何度も謝りながら、
すぐに止め刺しが終わった事に心底安堵した。
もう悲鳴を聞かなくて済む。
もう怯えた瞳を見なくて済む。

狙いを定める

迷わず仕留め、迷いながら続ける

鹿の脚からワイヤーを外し解体場所まで運んだ。
「そーじゃねーって。刃をもっと寝かせるんだよ。」
前回同様、師匠に何度も注意されながら拙い技術で解体する。
内臓の臭いには、まだ慣れない。

解体を進めながら、
この鹿から学んだ事を考えた。
とりあえずためらってはいけないのだ。
ためらえばためらう程、
鹿と自分、
お互いにしんどい思いをする羽目になる。
だったらなるべく苦しまないやり方で殺してやらないと。
速やかに命を奪ってやらないと。

晴れやかな気分からは程遠いが、
絶対に次に活かせる、
活かさなければならない経験をさせてもらった。
そう思うと、
狩猟に対して少し前向きな捉え方が出来た気がした。

また大量の肉が手に入った。
後ろめたさに変わりは無いが鹿肉が美味しい事にも変わりがない。
複雑な気持ちのまま、
存分に食べて日々を過ごした。
次はどうすれば良いんだろう。
今回のように楽に狙いを定められるパターンは稀だろう。
考え続けた。
そして、2頭目を仕留めてから半月位経った頃、
またもや雌鹿が掛かった。

「猪はこの山にはあんまりおらんのか~?」
師匠はそう言いつつ、やはり嬉しそうだった。
今度は元気に飛び跳ねている。
1頭目はビビりまくって長時間苦しめた。
2頭目は冷静に狙いを定められた事で致命傷になるポイントを学んだ。
1頭目のように飛び跳ねる3頭目を、
2頭目のように的確にポイントを突いて、
速やかに止め刺ししなければならない。
これまでで難易度が一番高かった。

しかしイメージトレーニングは十分だった。
猟は続くのだ。
やめないのなら、上手くなりたい。
2つの動画を何回見返しただろう。
まさに目の前のこの状況を想定し、
どう動けば良いのかずっと考えていた。
鹿は走るし跳ねる。
だが走っても、
伸びたワイヤーの長さには限りがある。
跳ねれば必ず着地する。
完全停止などはあり得ないが、
そこで一旦、動きがほぼ止まる。
その瞬間を狙う事にしていた。
師匠の確認を取らず槍を組み立てた。

槍を構えて3頭目に近づくと、
鹿は右へ左へ逃げ回ったので運良くワイヤーが木に巻き付いた。
まだまだ動き回れるがこれで可動域が大分制限された。
深呼吸。
槍は突き刺す直前まで軽く持って構える。

自分はほとんど立ち位置を変えず、
槍の先端を動かして前脚の根元にある心臓を狙い続ける。
逃げ回る鹿。
頭と尻の向きが頻繁に入れ替わる。
静かにそのまま数秒眺めていると、
鹿は脚を滑らせうつ伏せに転倒した。
うまく立ち上がろうとするがまた転倒。
向けた槍に対し胴体が真横を向いた姿勢で、
ほぼ動きが止まった。

瞬間、
両手に力を込め、
心臓めがけて槍を前へ突き出し、そしてすぐに引いた。

ズボッ!

やはり鹿は絶叫したが、
槍を刺した箇所から血が溢れ出て、
20秒後にはほとんど動きを止めた。
うつ伏せのまま尻尾が痙攣している。
致命傷。
うまくいった。
成長を実感した。

相変わらず気は重かったが、
ためらわず止め刺しする事には成功した。
心との折り合いはこれからまた考えて行こう。
ズルズルグダグダ考えるのが自分なのだろう。
そう思いながら槍を解体していると、
撮影を終えた師匠が言った。
「お前、うまくなったなぁ!」
少し解放された気分だった。
自分だけでは答えの出せない解放だった。

獲物の前でにこやかに笑うハンターの写真をこれまで数多く見てきたが、
何年経っても自分はそれができない。
撮影される時はなんとか笑おうと、
無理して口角を上げるのだがやはり難しい。
嬉しいのに、
どうしても獲物に対して申し訳ない気持ちが強く出てくる。
初めて仕留めた1頭目の鹿の時と同様、
今でも相変わらず不自然に歪んだ良く分からない表情をしている。

だがあの時は全力で笑ったと思う。
初めて褒められた。
物凄く嬉しかった。
狩猟を続けようと思った。

右前脚の根元に槍が刺さる

狩猟
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エセ神戸は小食です意外ですねでもSNSは食い物ばかりアップしています。

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