目指せジビエBBQ②

狩猟
現実逃避中①

予算と時間

自分を含め総勢12名。
トレイルランニングやツーリングといったアウトドア関連が趣味の方から、主婦から農家から経営者まで大勢が集まってくれる事になった。
毛皮なめしを得意とする猟師も加わり、よりジビエBBQらしい様相となっていく。
楽しんでくれるだろうか。
いや楽しんでもらうために獲物を仕留めねば。

支払ってもらうのは炭・焼肉のタレ・紙皿といった調味料や備品。
1人あたりの費用は大体1人1500円程になった。
スプレッドシートで計算して皆に報告し了解を得る。
肉の費用は一切含まれていない。

鹿であれ猪であれ、食肉加工処理施設で検査を受けなければジビエ肉は販売を禁じられている。
だが、譲渡して自己責任で食べる分には問題ない。
一般家庭向けの冷蔵庫が冷凍室も冷蔵室も肉で溢れ返り、ジビエ専用の冷蔵庫すらも埋まった場合は家族や友人、獲物を仕留める事ができなかった猟師が望めばキロ単位で譲っていた。
そういった点を含め、友人達にはジビエは必ず完全に加熱してから食べて欲しいと、厚生労働省のサイトを紹介して了解を得た。

何も獲れなかった場合は購入するか、春先に獲れ真空パックした猪の肉を提供するしかない。
普段はこの肉を食べて暮らしているのだから、おかしな点があればすぐに分かる。
鮮度は全く問題ない。
しかも個体差の激しいジビエ肉の中で、前年度に獲れた獲物の内、最も肉質の良い猪を残していた。
ただ、どれだけ問題ないと自分が言っても、参加者達にとってはやはりイメージが悪いかもしれない。
正直、喜んでくれなかったらという不安に負けて、鹿肉ソーセージを買った。
北海道にしかいないエゾジカのソーセージ。
猪あげるからそれは自分が食べたいのが正直な所だ。

皆、期待してくれている。
可能なら獲れたばかりの肉を提供したい。
猪を獲るのは難しいが、鹿ならまだなんとかなるかもしれない。
ここまでの規模でジビエを振舞った事がなかったが、良い意味でのプレッシャーは変わらず続いていた。

猟期開始は11月15日。
バーベキューの日程は25日。
先日までの失敗を考えても仕方がない。
時間がない。
懲りずにその日も山へ向かった。

11月18日土曜。
猟期開始後、初めて師匠と2人で山へ入る。
今日は丸1日、狩猟に専念できる。
「時間がないのにまた厄介な事を始めたもんだなぁ。」
そうからかいつつも、ジビエBBQの事を聞いた師匠は少し面白がっていた。
同じ事を繰り返すより、ちょっとでも違いを持たせた方が何事も面白味が増すと師匠は考える。

「そうです時間が無いんです。だから1頭も獲れなかったらジビエ屋で鹿肉を買おうと思ってるんですよ。」
「ハァーーーー!!!??? 猟師が金払ってジビエ買うとか情けない事言うな!!! 見切りをしっかりして今日一日で仕掛けられるだけ罠を仕掛けるぞ!!!」

今年も相変わらず何か1頭仕留めるまでは、
「今年はだめかもしんねーぞ。」
と言っていた師匠。
5頭程仕留めるまでは、
「今年はこれで終わりかもしんねーぞ。」
と言っていた師匠。

そんな師匠がいつもより気合が入ったように見えた。
こういう時『も』、師匠は頼りになる。

おそらく蝮草(マムシグサ)。有毒。

罠を仕掛けたその後で

「毎回必ず銃を持って山に入るつもりです。」
猟期開始前、師匠との打ち合わせでそう伝えた。
今年はクマの被害に関するニュースが本当に多く感じられたからだ。
即座に構える事はできないが、万が一の場合に有効な対抗手段がなければどうしようもない。
腰に差したナイフだけではどうしても心許なかった。

「考え過ぎだ。心配し過ぎだ。」
そう言われるかと思ったが、それでもあまり引く気は無かった。
安全最優先。
愛知県も今年はクマの餌となる木の実が凶作であり、各地で目撃情報が多発している事をデータと共に伝えると、
「確かに北の方(北海道や東北)は酷いな。でも愛知にはそういねーだろ。」
と言っていた師匠は一転、すぐに納得してくれた。
たまには意見してみるものだ。

山へ到着。
靴を長靴に履き替え銃を肩にかける。
1年ぶりの山の急斜面。
ものの数分で軽く息切れをしつついつもの猟場へ向かった。

「こっちの道は夏の大雨で道がえぐれていて車では通れません。」
「あっちの道は倒木で通れんぞ。」
あーでもないこーでもないと、罠の設置に適した場所を探し回る。
獲物が掛かり易いかどうかだけではなく、
仮に掛かった場合、止め刺しや運搬の容易さや解体場所の確保も考えなければならない。

ここなら確実に獲れる!
そう断言できるポイントは今年も見つかっていない。
それでも仕掛けなければ獲れる可能性は0だ。
限られた条件の中で何とかこれまでも獲ってきたから今回も大丈夫な筈だ。
消去法で最も効率の良いポイントを絞ってから車に戻った。

銃を背負ったまま両手に罠道具一式を持ちあげる。
重い!!!
わかっちゃいたけど全身が重い!!!
大量の汗を流しながら罠を仕掛けて回った。

その日に仕掛けた罠は計8箇所。
せめて10箇所は仕掛けたかったが、良いポイントを見つけるまでには相当な時間がかかりそうだ。
普段ならそれでも良いのだが、今回はジビエBBQというイベントが待っている。
もう少し急ぎでなんとかしなければならなかった。

自分の意図を察していたらしい師匠は言った。
「よし。じゃあ今日は罠はここまでだ。別の山で流しやるぞ。」
流し猟。
車で山の中をひたすら走り回り、獲物を見つけたら銃で仕留める猟。
だがそんなにうまく行く物では無い。
その日は夕方まで車を走らせても何も見つからなかった。

焦ってはいけない。
が、焦る。
どうしても諦めきれなくて帰り道の道中で師匠に言った。
「・・明日の見回りの後で(流し猟を)つきあってもらえませんか?」
生まれて初めてじーさんに告白した。
「えーよー。」
カップル成立。
いやーいつだって師匠は頼りになる。

正月飾りの千両(センリョウ)。 実が葉の上に成る。

3cmの障害

翌朝。
4:30に起床し華麗に2度寝した。
その後、師匠の着信(2度目)に気付き慌ててかけ直す。
「わりい寝過ごした。」
「仕方ないですねェ5:30集合にしましょうか。」
暗闇の中、罠を仕掛けた山とは全く違う方向へ車は走り出した。

昨日の帰り道に師匠は言った。
「行くのはいいけど朝だな。見回りは後だ。」
流し猟で最もチャンスがあるのは早朝らしい。
獣は夕暮れ時も活発に動くのでそういう意味では良いらしいが、日の入り時間以降は狩猟をしてはならないというルールがある。
例え日暮れ前に仕留められたとしても、解体は夜になるため人間にとっては効率が悪い。
現地に到着したのはまだ薄暗い日の出前。
師匠は銃の準備を始めた。

見栄を張って撃ち逃すなんて絶対に嫌だ。
射撃は師匠に任せて自分は車の運転を担当した。
なるべくタイヤが枝を踏んで音を立てる事のない様に注意する。
師匠は外へ目を凝らしている。
「(何とか1頭仕留めたい。)」
その思いを持ったまま、2人共無言で山を進む。
だがそうそうお目に掛かれる物ではない。
1日に1度出会えたら御の字だという事は、これまでの経験で良く分かっていた。

何時間も集中力を持続させる事はできないし、何より自分は運転がある。
獲物に執着し過ぎて交通事故を起こす訳にはいかない。
適度な緊張感を意識して進む。

日の出から30分ほどが過ぎた。
「(本当に世の中では鳥獣被害が深刻なのか?)」
そう考えていると師匠が言った。
「農家は本当に困ってるんかねぇ?全然おらんぞ。」
その1分後。
鹿が現れた。
なんなんだよもう面白いな狩猟って。

正確には現れたというより後ろ姿が見えた。
まだほの暗い山中でオスかメスか分からないが1頭。
「いました!」
そう言うや否や、鹿は白い尻を見せつけるだけ見せつけて一瞬で谷に消えた。
エンジン音に驚いたのだろうか。
「降りる!停めろ!」
慌ててブレーキを踏むと、師匠は車から降りて駆けて行った。

自身も銃を取り出すが、まだまだ銃を扱う事が恐ろしい。
嫌と言う程確認したのにまた弾が入っていないかの脱包確認。
後を追ったのは師匠が駆けていってから30秒以上後の事。
どう考えても遅すぎる。
音を立てないようにソロリソロリを近づいていくと師匠が戻ってきた。

「ダメだあっという間に消えちまった。」
な・・何もできない・・
だがそれから15分後。
今度は2頭現れた。
またもや見つけたのは自分だった。
「いたぁ!」

角が無いのでメス鹿だ。
20mほど先で立ち止まっている。
今度はすぐにブレーキを踏んだ。
飛び出す師匠、飛び出す自分。
鹿は林道脇の坂を駆け上がり左側へ。
少し駆けては立ち止まりこちらを見ている。
ドアを開けた音で離れるかと思っていたのに、なぜか発見した時より距離が縮まっていた。

どういった状況でどういった行動を取るのが最善なのか?
勝手をまるで分かっていないので師匠より先に撃つ訳には行かない。
だが師匠が撃った後なら自分も撃つ機会がやってくる。
弾を取り出そうとしていると、銃を構える師匠が視界に入った。
思わず両耳を手で塞ぐ。
心の中で小躍りした。
「(信じられない目の前だ10mなんて俺でも当たるこれから解体だ!!!!!!)」

バガーン

だが、2頭の鹿は銃声に驚き一目散に逃げて行った。
完全に油断していた自分など全く使い物にならない。
「(んなんでェ!!!???)」
そう思っていると師匠が言った。
「なんでだ!!!???」
おかしい。
絶対に師匠なら外す距離ではない。
2人して「???」のまま、さっきまで鹿のいた方向を再確認すると理由がわかった。

弾は、鹿が立っていた位置よりも手前にある直径3cmほどの細木に命中。
細木は完全にへし折れていた。
10:45。
2人は憔悴しきったまま早目の昼ご飯を食べていた。
助六寿司がおいしかった。

11:35。
「もう神頼みだな」
気を利かせて買ってきたカップみそ汁を飲み干し、お腹が一杯になった師匠は諦めたように言った。
ちょっと待ってくれまだ昼前だ。
早朝が狙い目だという事は良く分かった。
辺り一帯が明るくなってしまった今となっては、確かにもうあんなチャンスは巡ってこないかもしれない。
だがちょっと待ってくれまだ昼前だ。
「でもいるかもしんないっす!まだいるかもしんないっす!」
必死にそう繰り返し伝えながらの再スタートとなった。
果たして鹿は現れた。

正月飾りの万両(マンリョウ)。
実が葉の下に成る。

三段角x2

11:38。
再スタートから3分後、カーブを2度越えた所で鹿2頭が仲良く雑草を食べていた。
立派な三段角のオス鹿だ。
明るい昼日中、誰だって顔を前に向けていれば、視界に鹿が2頭いる事など1秒もかからず理解できる。
いきなりすぎてまともに声を出す余裕がなかった。
こんなにすぐお遭いできるとは思わなかったっす!

「し・・しか!!」
と当たり前の事を言いながらブレーキをかけた瞬間、カバーから銃を取り出した師匠がすぐさま車から飛び降りた。

「(なぜ!!!???成長したオスの鹿は単独行動すると本で読んだが!!!???)」
そう思いながら慌てて自分も降車しカバーから銃を取り出す。
弾はすぐ取り出せるように1発だけポケットに入れておいた。
今度こそ!今度こそ!
だが、今度の鹿はなかなか止まらない。
150メートルほど先でようやく立ち止まりこちらを向いた。

散弾銃の有効射程は50メートル。
師匠からはせいぜい30メートルと聞かされていた。
撃ったら当たるかもしれない。
しかし、威力が落ちた弾が当たっても半矢(はんや:致命傷を与えられない事)になって、取り逃がした上に苦しませて死なせるという最悪の結果になる可能性が高い。
更に奥へ駆ける鹿。
師匠が銃から弾を脱包し走って戻ってくる。
「車で先回りするぞ!」
「はい!」

道中、大きな窪みにタイヤが嵌まらないように細心の注意を払いつつ、可能な限り深くアクセルを踏み込む。
300メートル程進み車がすれ違える場所で車を停め、2人共飛び出した。
安全確認しつつ小走りで師匠の後を追う。
準備が遅くても今度こそ撃つ。
師匠の進んだ前方へは当然銃口を向けられない。
自分は右側の小高い丘を登った。
前方の師匠を確認できる位置なら安全だし、師匠の発砲で追われた鹿がもしかしたらこちらへ向かってくるかもしれないと思ったからだ。

いやむしろ、今自分が進んでいる先にこそいるのかもしれない。
あんな大きなオス鹿が目の前に現れたらどうしよう。
一度見失った以上、弾を装填するわけにもいかない。
頼む10~15メートルくらい先にいてくれ。
どうか自分にとって一番都合の良い位置で棒立ちでいてくれ!
だが、5分・・10分・・
どれだけ探しても、2頭のオス鹿はどこにもいなかった。

銃を仕舞い着席する2人。
「罠の見回りするか。」
「灰。」
師匠の指示に素直に従った。

罠を仕掛けた山へ向かう間、
「あの木さえなければ・・」
師匠は3回はそう言った。
自分のために狩りに付き合ってくれたのになんだかこちらが申し訳ない。
でもワクワクしたので慰めの意味も込めて言った。
「いやでも面白かったですよ。」
「獲れなきゃ面白くねーだろうが!まだまだ猟欲が足りんなお前は!」
怒られた。
頼む10~15メートルくらい先で座っててくれ。

罠には多くの気配があった。
しかし
『あともう少しで』
という痕跡ばかり。
結局獲物は1頭も掛かってはいなかった。
そして最も可能性が高いと思っていた場所では、エサを食いつくされた挙句、罠のそばに糞をされていた。
猪に完全にバレている。
こんな事をされたのは初めてだ。
クソみたいな1日だ。

総走行距離250km。
自分が頼んだ以上、ガソリン代は勿論自分が払った。
紅葉が綺麗だった。
それはもう泣きそうな位に。

現実逃避中②

狩猟
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エセ神戸は小食です意外ですねでもSNSは食い物ばかりアップしています。

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