初猟③(18kg0円の猪肉)

狩猟
海鯨と山鯨

罠の見回り

他にも数か所の罠を仕掛けてその日は帰宅する事に。
帰り道、相変わらず山を取り囲む鉄柵を見て痛々しいと思っていると師匠がつぶやいた。
「正直、獲れる可能性は低いなぁ。」
既に師匠は悔しそうだったが、こちらとしては楽しくてしょうがなくて満喫した一日だった。
見通しは相当に甘いのだろうが捕獲の可能性はゼロではない。
早くも来週が楽しみで仕方なかった。

自分にとって幸運だったのは、罠猟の大先輩と出会えただけではない。
師匠が既に会社員として引退された身であった事に本当に恵まれた。
罠を仕掛けた場合は、基本的に毎日見回りに行かなければならない。
今日しかけた罠に即座に獲物がかかったとしたら、一週間も放置しては死なせてしまう。
それでは食用になど出来る筈がないし、何よりただ残酷な行為をしているだけだ。

会社員である自分が一人で罠猟をしなければならなかったとしたら・・

  1. 週末の金曜日の夜に狩猟が許されている日の入り前に急いで猟場へ行く
  2. 罠が作動するようにして土曜と日曜に見回り
  3. 日曜の見回りで何も獲物が掛かっていなければ、罠が作動しないようにして次の金曜を待つ

つまり月曜から金曜までの間は、獲物が掛かる可能性が完全にゼロ。
とても効率が良いとは言えないそんなサイクルを繰り返さなければならなかった。
何か見回りをした事を法的に証明する必要がある訳ではない。
ただ、罠猟に関する書籍にはそれが当然であると言わんばかりの記述に溢れている。
大雪・大雨や急な用事で例外はあるとしても、それは間違いなく正しいと思う。

平日は働かなければならない自分に代わり、師匠が見回りをしてくれると言う。
これは本当に本当に本当に恵まれた環境であると常々思っている。
猟期はなるべく平日の合間である水曜日に有休を取り、自分だけで見回るようにしている。

罠の位置を示す目印(完璧に覚えたら外す)

役に立てる事は

今でもそうだが、師匠におんぶにだっこという状態は可能な限り避けたい。
何から何まで世話になりっぱなしでは申し訳ない。
罠猟は多くの小道具を使うので、消耗品はなるべく自分が買って揃えるようにしているし、
他にもベテランの猟師に一体何だったら役に立てるのだろうかとよく考える。
自分の経験が一番最初に役に立ったのはグーグルマップだった。

どの山のどの場所にいくつ罠を仕掛けたのか?
それは毎年ノートに記載して毎週更新している。
ただ、初めて罠を仕掛ける場所を完璧に覚えるためにはそれなりに時間がかかるのだ。
そのため自分は仕掛けた罠の位置をグーグルマップに全て印をつけていった。
その様子を師匠が興味深く眺めていた。
ただそれだけの事で恩返しと言うには程遠いのだが、
航空写真の設定も併用すればもっと把握しやすい事も合わせて伝えると喜んでくださった。
学び、そして得る事が余りに多く、とても返しきれる物ではないとは分かってはいる。
それでも、受け取った恩は可能な限り返していきたい。

山のような肉

そろそろ解散場所が近づいてきたという所で、行きとは異なるルートを師匠は走り出した。
それでは遠回りになる事を指摘すると先にご自宅に向かうのだと言う。
一体なんだ?
そう思いはしたものの特に不満がある訳でもなし。
素直に従いそのまま到着すると、
「ちょっと待ってろ。」
そう言い残した師匠は車から降りて家へ入って行ってしまった。
???
何がしたいのか全く見当がつかなかったが、
大人しく待っていると5分もしない内に師匠が両手にビニール袋を下げて戻ってきた。
「去年獲れた猪やるよ。全く問題なく食えるぞ。」
「・・ハァッ!?」
まともに返事できなかった。

「もう二袋あるから待ってろ。冷凍庫に入るかぁ?」
ニヤニヤ笑いながら師匠は続け、そしてまた去って行った。
仰天したままビニール袋を受け取ったが一袋だけでも相当な重さだ。
合計10kg近くあるのでは・・これ全てが猪の肉?
戻ってきた師匠の手にはまた同じ位の量の肉が入ったビニール袋がぶら下がっていた。
「食べたくて始めたんだろう?獲物が獲れるまではそれ食っとけ。」
解散するまでの道中、ひたすらお礼を伝える事しかできなかった。

「じゃあまた来週な。ダニがついてるかも知れんから先に風呂入れよ。」
そう言ってあっという間に師匠は帰って行った。
罠を仕掛けただけの一日で終わる筈だったのに・・
その時の自分は今にも破れんばかりの肉の詰まったビニール袋を両手にぶら下げていた。
信じられない思いのままフラフラしながらアパートへ帰宅。
まず何も持たず体重計に乗ってみる。
その後、ビニール袋を両手に下げて乗ってみる。
差し引き18kg。
何もしていないのに18kgの猪肉が目の前にあった。
食べる以外の選択肢はない。

猪肉
霜降りにはならず赤身と脂身が明確に分かれる

猪の味

肉はブロックごとに小分けされていたため、その内の一つを残し他は全て冷凍庫へしまった。
教えられた通りに、薄切りにし易い半解凍の状態にしてそぎ落とすように切っていく。
まだ凍って切り辛い部分まで到達した所で放置。
風呂に入ったり、酒や野菜を買いにスーパーへ向かう等、他の作業の合間にそぎ落とした。
どんな味なんだろう?
頭の中はその事ばかり。
ジビエ料理屋で食べた猪よりも美味しい事を期待し、
良く言われる味噌鍋ではなくシンプルに薄めの和風出汁で食べる事にした。

鍋に食材を入れしっかりと加熱すると、脂身がどんどん光沢を増していった。
赤身部分はやはり鉄分が多い為だろう、
家畜の肉よりもやや黒っぽいが、その色がまさに野生の肉といった感じで食欲をそそった。
酒は味覚が鈍るので我慢し、肉が程よく煮えた所で一口食べる。
「・・うまっ!!」
それ以外の言葉が見つからなかった。
こんなに濃い味だったのか。
家畜に比べやや硬さはあるので、肉を噛み切るために普段より多く咀嚼する。
その度に力強い旨味が湧き出てくるのだ。
また鍋に溶け出した出汁が濃く、ただでさえ美味しい冬野菜が一層美味しく感じられた。
あっと言う間に食べ尽くしてしまった。
普段は大した量が食べられない方なのに、おかわりの事しか考えられない。
次の肉が解凍されるまで待つ事は出来なかった。
急いで電子レンジで数十秒間加熱して肉を削ぎ落しては鍋へ。
我を忘れて腹が一杯になるまで食べ続けた。

猪とはこんなに美味い物だったのか。
これが本当に一年前の肉だというのか。
今年獲れたらその味は一体どれだけ美味いのだろう。
食べ過ぎて身動きが取れなくなってから、ようやく師匠にお礼を伝えた。

夢中になって食べる

狩猟
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エセ神戸は小食です意外ですねでもSNSは食い物ばかりアップしています。

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