【読書】クマ撃ちの女

読書
作:安島藪太

執念

何があろうと絶対に熊には出会いたくない。
本書を何度読み返してもそう思う。
もし前足で一撃を受けたら、まず間違いなく生還できないであろう凄まじい熊の力。
その恐ろしさを十分理解していながら、主人公のチアキは単独で熊を狩る事に執着する。
チアキが熊へ興味を持つに至るきっかけ自体は凄惨を極めるが、
それでも尚、チアキは熊を撃つ事が好きだから狩猟をしている。
自分が真人間だと言うつもりはないが、
一般的に見て奇行と言わざるを得ない様々な発言や行動には理解し難い点が多い。
しかしそれこそが本書の大きな魅力なのだとも思う。

また、主人公に限らず登場人物は一癖二癖あるキャラばかり。
変わり者だらけなので人によっては嫌悪感を抱くだろうが、
だからこそ続きが気になって仕方がない。
『この発言、この行動。信じられない。』
読んでいるとそんな風に思う事が多いのだが、そう真剣に思わせる位に話に引きずり込まれる。
このキャラ達には、きっとモデルとなった方達が大勢いるのだろう。
そんな風に思ってしまう位に、皆キャラが立っていて現実味があり、
丹念な取材をした事が作品から強烈に感じられる。
作者もチアキ同様、興味を持った事に対して狭く、そして常人には及ばないレベルで深く、
物事を理解しようと執念を燃やすタイプなのかもしれない。

チアキ

熊の恐ろしさ

とある県の山奥、熊がそこら中に生息している地域で生まれ育った友人がいる。
彼曰く、熊が出没すると町全体に注意喚起のアナウンスがされるそうだ。
しかし皆、子供の頃からそのアナウンスを聞き慣れているので、
「ああ、またか。」
程度にしか大人も子供も思わないらしい。
幸い実際に何か事故が起きた事はないそうだ。
こちらとしては、とても想像し難い信じられない生活をしてきたその友人に驚愕した。
だが、何十年とその地域で暮らした彼が言うのなら、
よく言われる『熊は非常に憶病な性格』というのはやはり本当なのかもしれない。

しかし、習性は同じでも個性は違う。
基本的に憶病と言われる熊が出会った対象を敵と見做した場合、
その異常なまでの力を存分に発揮されたら高確率で悲惨な結末を迎えるだろう。
実際にそうなってしまったらどうなるか・・
当然と言えば当然だが、熊がいかに恐ろしい生き物であるかも本書には描かれている。
「なるべく苦しまないように」
といった慈悲によるとどめなど刺してくれない。
人間が魚の活け造りや蛸の踊り食いといった事をするように、
熊は人間に対して同様の行為を行うのだ。
もし仮に山で人が熊と遭遇し、その熊が興奮状態であった場合、
助かるかどうかはもう運の要素がほとんどなのではないかと感じさせる程に危険な生物だ。
北海道で実際に起きた三毛別羆事件は有名だが、
その恐ろしさの一端を本書でも教えてくれる。

たった一度だけだが、師匠と山で見回りの最中、
偶然見つけた痕跡から熊が近くにいるのではないかと思った事がある。
あの時の恐ろしさは忘れない。
次の罠はどこにしようか気楽にお喋りをしながら歩き回っていた自分と師匠。
その二人が急に口をつぐみ、瞬間的に腰に差していた手斧を取り出した。

人の指なら簡単に切り飛ばす切れ味の斧がなんと心許なかった事か。
硬く分厚いであろう皮を持つ熊に斧を全力で振り降ろしても、
更にその先の肉まで刃が届くとは思えなかった。
当時は他に持っている刃物がなかったから、ただただ斧を構えていた。

本州に生息するのは月の輪熊で、北海道に生息する羆より一回り小さい。
しかしクマからすれば人間など、牙も爪も持たないノロマな猿だろう。
静かな山の中でざわざわと音を立てる木々はおろか、たまに吹く風の音ですらストレス。
360度全方位に警戒しながら、車に戻るその瞬間まで一切気を抜く事ができなかった。

狙撃

北海道の狩猟スタイルと人間模様

北海道に猪はいない。
そのため、描かれる狩猟対象は熊とエゾシカ(本州はホンシュウジカ)の二種がほとんどとなる。
それを知っていた猪好きとしては序盤を歯がゆく読んでいたが、それでも鹿猟編は面白い。
また、猟具は銃を用いるため、ライフル・散弾銃・空気銃(鳥撃ち用)が多く登場する。
自分の猟は罠がメインとなるため、知らない知識が多くて非常に面白くまた勉強になる。
銃の扱い方だけでなく、

  • 必要な装備
  • 山での歩き方
  • 獲物を見つけた際の対処法
  • 身に襲い掛かる大自然の脅威

も楽しんで学べる。
自分は今現在、狩猟の際はそのほとんどの時間を師匠と共に費やすが、
もし単独猟を初めからしなければならなかったとしたら、もっとこの本は役に立っていただろう。
それ位に様々な情報で溢れている。
北海道ほど積雪がある訳ではないのでスキーは必要ないが、
雪があろうと無かろうと山は時に本当に恐ろしい物だという事も学ばせてもらった。
こういった情報は学べば学ぶほどに自分の猟にも活かせるので本当にためになる。

そして最も勉強になるのは人間そのものだ。

  • 仕事のためにチアキに近づいた後に相棒となるライター
  • 法律を搔い潜る事が得意で好きな師匠
  • 猟犬を溺愛する面倒見の良い猟友会の会長
  • 肉の売買目的で狩猟を始めた弟子

・・そしてやはり熊に強烈な執着を見せるチアキ。
熊を狩る事への執着自体は紆余曲折を経て揺れる事はあっても、
やがてその軸は戻ってきてブレる事はない。
しかし猟友会の巻き狩り(集団での狩り)参加や猟犬・弟子といった多くの出会い。
彼等とのやり取りの中で客観的に自己を捉え始め、
徐々に人との触れ合い方を学び変わろうとしていく様が丁寧に描かれている。
集団行動が苦手で変わり者扱いされる主人公が、多くの人と関わる事で少しずつ変わっていく。
熊と狩猟という強烈なインパクトのある題材だが、
作品を通じて最も描かれているのは、
時に厄介で複雑でそれでも魅力的な人間模様だと思う。

個人的に非常に密度の濃い作品だと思っているのでいつも続きが気になって仕方がない。
これからの話も楽しみでならない。

読書
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エセ神戸は小食です意外ですねでもSNSは食い物ばかりアップしています。

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