肉はどこから

狩猟
猪のベーコン

食材への興味

小さい頃からスーパーが好きでワクワクした。
カラフルで瑞々しい野菜、眼の澄んだ光り輝く魚。
どの店へ行けば鮮度の良い食材が安く手に入るのか?
この調味料や加工食材は何から出来ているのか?
いくつになっても気になって原材料を見てしまう。

幼稚園児の頃、キャベツを買ってくるように初めておつかいを頼まれた時、
レタスとの違いが分からず泣きそうだった事を今も覚えている。
どっちの緑の玉が正しいのか答えが出ずに絶望した(店員に助けてもらった)。
小学生の頃、川へニジマス釣りに行けばアブに刺されて泣き、
海へ五目釣りに行けばゴンズイに刺されて泣いた。
中学生の頃は、揚げ物は火事が危険だからと許可を出さない親と喧嘩した。
高校の頃は、小麦粉と塩で本当にうどんが作れた事に感動した。
大学に入り1人暮らしを始めてからは完全自炊生活。
料理担当となり毎晩のように買い出しに行き、友人としこたま酒を飲んだ。

大怪我だってしてきたのに、
命ある物への興味と、それを自分で料理して食べる事への興味が尽きない。
ただ、肉に対しては社会に出てからも比較的関心が薄いままだった。

肉以前の姿

焼肉だろうが唐揚げだろうが野菜より魚より肉が大好きだったけれど、
高いほど柔らかく美味しい事は知っていたけれど、
スーパーに並ぶ肉にはそうワクワクしなかった。
今振り返ると赤身や脂身はとても綺麗なのに、
常に考えるのは国産かどうかと100g当たりの値段。なぜ興味が沸かなかったのだろう?
ある日、不思議だよな~といつも通り軽い気持ちで考えていると、
野菜や魚との違いに気が付いた。

・・元あった命からかけ離れた形だからか?

魚は切り身があるものの、野菜と同様に魚としての形のままで普通に陳列されている。
野菜がサラダ用にカットされていたらどのように変化したのか即座に理解できるように、
大概の魚は加工後の姿になってもおおよその過程が分かる。
スーパーに元の形がそのままあって、そしてそれを当たり前のように見てきた。

肉は違う。
元の命がどうだったのか、豚の皮も牛の毛も鶏の羽も見えないからもう肉としか認識できない。
地域や国によっては家畜の顔の皮や足が普通に売られている事は知っている。
しかし自分が生活してきたという意味での
「一般的」
な生活圏で見かけた事は1度もなかった。
パックに収まり切らないとかそういった理由とは何か別のような、
命ある物だったと感じさせないような配慮を今では感じる。
とても美しい売られ方をしている。

肉となる前に存在していた筈の命、そしてその命が辿った肉になるまでの過程がまるで見えない。
テレビで動物園で見るあの動物達は一体どこから肉になったのだ。

新鮮な魚は美味しそうだ
では4本足の動物は?

過程を知った後の肉の味

だから狩猟を始めた。
先にあるのは卵か鶏か?
そこまで突き詰めるつもりはないけれど、
肉はどこから肉になるのか知りたかった。
自分で鹿や猪を仕留め解体し、
1枚の皿の上まで持っていくという行為をどうしてもしてみたかった。

人として残酷な部類に入るのだろうか?
今も結論が出ないまま、罪悪感と喜びがごちゃ混ぜになった気持ちで秋と冬の猟期を待つ。
猟期中に獲れた獲物を食べて待つ。

狩猟を始めてから売られている肉に対しては
「命から遠ざけている」
という思いはやっぱりあるものの、
それはそれで正しいと思うようになった。
皆が皆、命が消える瞬間を見るべきだとは思わない。
自分で初めて獲物をしとめた時は続けていいのか本当に悩んだから。
それでもお金を払って肉を手に入れる事に、
ちょっとだけ腑に落ちない、答えの出ない所があり狩猟を続けている。

とはいえ元々のきっかけから今に至るまで、
狩猟をする理由は単純明快で我欲まみれ。
・買ったら高いので貧乏性としては中々手が出せない
・魚をと同様に獣も自分で捌けるようになりたい
・鮮度を把握できている肉を食べたい
・毛皮を鞣せたらなんか格好良くないか
・1番落ち着く自然の中にいられるぞ
そんな事をずっと考えていた。

お金と時間を使ってわざわざ自ら獣の命を奪いに行く行為が少数派なのは理解している。
「なんて残酷な!」という方はとても優しい人達なのだなと感じる。
「山の神に感謝」と獲物が獲れたら大地に跪き頭を下げる方々にもどこか格好良さを感じる。
ほぼ完全に自給自足の方もおられて凄いと思う。
自分は一言でいえば趣味で狩猟をしているだけなのでどれとも違う。
けれど、色んな意見が少しずつ分かる。
それが自分だから、そのままで学んでいこうと思う。
それ以上も以下もなく、狩猟という行為が自分に許されている間は。

狩猟とは全く縁のない生活を長く続けてきたが、
小さい頃に1度だけ食べた頂き物の猪の味噌漬けの味を覚えている。
肉が硬くとても塩辛く味噌の味しかしかなったが、
猪という普段食べる機会のない物を食べた経験はしっかり頭の中に残っていた。
その程度の事をずっと覚えているのだから、
食という意味では狩猟に向いていたのかも知れない。

様々な試験を受けて、今も先輩方の教えを学びつつ狩猟を続けている。
農作物被害、フードロスを含めたSDGs、ジビエとして食するための駆除・・・
考えさせられる事が多くて、今では単純な趣味とは少し形が変わってしまった。

ただ、やっぱり狩猟は面白い。

これからも自分で狩る術を学びたい。

とにかく自分で獲った獲物の肉を食べたい。

そんな新米猟師が感じた事をまとめたブログです。

一流料理人があなたの劇的な料理上達にコミット!【RIZAP COOK】

狩猟
スポンサーリンク
エセ神戸は小食です意外ですねでもSNSは食い物ばかりアップしています。

コメント