肉と塩とハンバーグ
筋肉はなんの為に存在するのか?
言うまでも無く動くためだ。
肩やスネと言ったよく動く部位には強い力が求められるため、
筋繊維1本1本が太く、
また繊維同士の結びつきも強い。
だから人間が食べる場合、
そのような部位は長時間加熱して繊維同士の結合を崩したり、
コラーゲンをゼラチン状へ変性させられる煮込み料理に向いている。
柔らかいとされる部位でも、
鹿や猪は野山を駆け回るため筋肉が発達しており、
どうしても家畜より固い傾向にある。
肉は主に、
筋原線維タンパク質・結合組織タンパク質、筋形質タンパク質
から成る。
その内の半分を筋原線維タンパク質が占め、
内部の組成変化が肉の固さを大きく左右する。
筋原線維タンパク質の組成と塩を添加した場合の変化を図にしてみた。
肉は筋束から成り、
筋束は筋繊維から成り、
筋繊維は筋原繊維から成る。
そして筋原線維の中にアクチンフィラメント、
その内部にミオシンフィラメントが存在する。
ミンチにした肉に塩を添加して混ぜ合わせる。
すると各フィラメントはバラバラになった後、
アクチンとミオシンが結合。
粘性をもつアクトミオシンとなる。
ハンバーグのパテを作る際、
「粘り気が出るまで混ぜた。」
とはこの段階を指す。
加熱によってこのアクトミオシン同士が絡まりあい弾力が生まれる。
絡まりあう事で保水性が向上しジューシーにも仕上がる。
家畜とジビエ
家畜とジビエではその肉質がまるで異なる。
生後、100kgを越えるまで半年しか時間を必要としない豚。
豚の寿命は15~20年なので何も考えず単純計算すると、人間でいえば2~3歳といった所だろうか。
衣・食・住。
全てが緻密に定められた住環境を用意されて育ち、徹底した管理の元で若いまま出荷される豚の肉質は非常に柔らかい。
片や、
いつ命を落とすか分からない過酷な自然を生き延びた猪は、
助走なしで1メートルの柵を飛び越える。
人間なら到底不可能なスピードで急斜面を駆け上る事も出来る。
生き抜く力に秀でた個体程、凄まじく発達した強靭な筋肉を持つ。
全く臭みが無く肉質も柔らかい大人の雄猪に出会った事があるが、
何年も狩猟を続けた中でたった1頭しかない。
豊富なエサに恵まれ肥え太った個体だったのかもしれない。
逆にとんでもなく固い時も。
一番固い時は研ぎたての包丁の刃が中々入っていかない程だった。
だからいつ何が獲れるか不確実な狩猟では、
鹿であれ猪であれ可能な限り肉質の柔らかい若い個体を狙っていく。
狩猟を始めた初年度は、
何でもそのまま焼いて食べる事が多かった。
確かに固さは感じたが食べられない程とは全く思わなかったし、噛む程出てくる強い旨味や風味がとにかく好きで、苦になった覚えがない。
ただ、猟期終了から半年ほど経って、
仕事終わりに近所のコンビニへ寄った際に一度酷い目に合った。
もう何年も、
飲食店で食べても良いがスーパーで肉は買わない
というぐだぐだなルールを自分に課している。
基本的に肉を食べるのはジビエ肉。
畜肉が食べたくなったら外食。
鹿は牛肉の赤身、猪は豚肉に近いので、
普段の生活はそれで問題なく生活していた。
ただ、鳥は事情が異なった。
鴨や鳩は銃がないと手に入らない。
だからあの時は、とにかく鶏肉に飢えていた。
久しぶりにコンビニで〇ァミチキを買う。
嬉しくて店から出るとすぐにかぶりついた。
そして驚愕・混乱した。
豆腐でも噛んだのか思う位に柔らかく感じたからだ。
いつも通り猪と同じ勢いで噛んだものだから、
カチッ!
と上下の歯がぶつかり音が鳴った。
瞬間、
ジビエ肉では考えられない程の肉汁が噴出し、
それらが気道に飛び込んできた。
鶏肉を噛んだだけで激しくむせ返り、
コンビニの前でいきなり悶絶するおっさん。
ドン引きする周囲の方々。
あんな無様な経験はあの1回で十分だ。
人が美味しく頂くために改良に改良を重ねて育てられた家畜。
いつだって、
畜産業の偉大さを感じずにはいられない。
それ位に畜肉は柔らかい。
酵素の力
ハンバーグを作る際はジビエ肉をどう扱えば良いのだろう?
塩を混ぜて練る事で肉同士の結びつきを強くさせると先に述べたが、
特に大人の雄猪の肉を使う際は畜肉とは逆のアプローチをしている。
ただでさえ固い肉が更に固くなって貰っては困るのだ。
美味しく食べられなければ食事はただ苦痛なだけの作業となってしまう。
栄養面でも優れた猪、
とにかく柔らかくして美味しく頂きたい。
だからジビエ肉を食べる際は、
酵素の力をよく借りる(保水性については割愛)。
1つにつき1つの作用を促進させる、触媒の働きを持つ酵素。
その中で鶏のからあげでも良く使われる、
プロテアーゼ(タンパク質の分解を促進する酵素の総称)
の力を利用させてもらう。
今回は生姜と塩麴を使って月見バーガーを作ってみた。
生姜・・ジンギパイン(別名ショウガプロテアーゼ)
塩麴・・麹菌がプロテアーゼを持つ
酵素は加熱すると失活するので生の生姜をすりおろして使う。
塩麹は市販品を使用し、
タンパク質を分解させると同時に味付けの役割も持たせる。
相手は成獣の猪だ。
ミンチにした後に塩を入れてよく混ぜる
といった、
わざわざアクトミオシンを生み出し固くさせるような事はしない。
ザックリと全体を混ぜ合わせたらパテを作る。
豚の脂の融点が40度前後に対し猪は30℃以下。
口の中でとろける猪の脂も、
パテ成型時には不利に働く。
脂が溶け出さない様に急いで作業を行う。
その後は酵素の働きでタンパク質を分解させるため30分程放置して焼くだけ。
フライパンを高温に加熱してから肉を乗せると、
パテが急激に収縮し水分が飛び出してしまう。
そのため、
まだ冷えた状態のフライパンにパテを乗せゆっくり加熱させていく。
脂肪分が多いパテであれば油を引く事もない。
ちゃんと成型して空気を抜いたパテを作れば、
焼いた際にそうそう崩れたりはしないものだ。
中心部まで火が通ったら最後に高温で表面を焦がし、メイラード反応で香りを出す。
焼きあがった直後は、畜肉と同様に内部で肉汁が暴れ回っている。
放置すればする程それも穏やかになっていくが、
自分が食べる場合は全く気にしない。
待っていられないからだ。
焦げと生姜の香りが漂うシンプルな味付けのハンバーガーができた。
嫌な臭いは全くせず、柔らかい。
目玉焼きのコクの旨味で味変させつつ、美味しく食べる事ができた。
ちなみに、鹿肉で作る時は余った猪の脂を混ぜる事も多い。
そうする事でパサつきを感じにくくなり、
ジューシーさが出る。
低温調理
鹿も猪も低温調理を用いる事が多い。
畜肉ではステーキやハンバーグを作る際、
肉汁が出ないように高温で表面を焼き固め、
その後オーブンで中心へ火を入れていく方法をよくテレビで見かける。
だが、
ジビエ(特に鉄分を多く含む鹿)の高温加熱は臭気発生の原因となる。
だから、固いスジ肉を煮込んだり、
大量のスパイスと合わせる事で逆に臭気を利用するといった場合を除き、
低温調理で中心部まで加熱した後で表面をサッと焼いて香りづけ
の流れを多用している。
加熱殺菌できて、
臭気を抑制できて、
なるべく柔らかい肉質を保つ事ができて、
メイラード反応による表面の香気が強く出た状態で食べる事ができる。
もっと学べば今考えている方針の間違いに気づけたり、
より美味しくさせる事ができる手段を思いつきもするだろう。
猟期まであと3カ月を切った。
美味しく食べるために、今期も獲物をしっかりしとめなければならない。
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