油の種類
鹿の皮を干している最中、
改めてYoutubeで皮鞣しの動画を見返す。
次の手順は加脂(かし)。
ミョウバンと塩が浸透した皮に、
油を擦り込んでいく作業となる。
何もしないで放置すると、
皮の繊維同士が絡み合ったまま乾燥しガチガチに硬くなってしまうのだそうだ。
普段から自炊をする。
だから、
サラダ油と胡麻油とオリーブオイルなら既にある。
小鹿1頭分の皮に塗りたくるには十分な量だ。
しかし油であれば何でも良いという訳ではない。
『不揮発性』
の油を使わなければならないのだ。
その事は皮鞣しが得意な友人から既に教わっていた。
だが、なめす機会が無かったため、
ちゃんと調べないままにしてしまっていた。
料理をする上で油が揮発性か不揮発性かなんて事は考えた事がなかったが、
革なめしにおいては確かに重要だ。
どれだけ皮に油を浸透させても、
いずれ大気中に拡散されてしまっては意味がない。
手元にある油を使う事はできないだろうか?
『サラダ油 揮発性 不揮発性』
等のように、胡麻油・オリーブオイル含め検索して調べてみる。
しかし、これと言ったデータが見つからない。
まいったな・・どっちなのか全然わからん。
横着して適当に選定した結果、
貴重な皮を台無しになんてしたくない。
友人からは米油を使うと聞いてはいたが、
米油は持っておらず新たに購入する必要があった。
皆、どの油を使っているのだろうか?
油は皮が生乾きの状態で擦り込んでいくらしい。
冬場という事もあり、
1晩置いただけでは鹿の皮はまだビチャビチャだ。
まだ時間に余裕があったので、
Youtubeで皮鞣し動画を探し回る。
この動画は・・油についての説明が無い。
次の動画は・・ひまし油?うわ高っか。
他の動画は・・ミンクオイル?いや絶対に高いっしょ。
聞き慣れない油の名前が次々と出てくるが、
コストも入手性も米油を越える物がない。
あっ・・この動画では米油を使ってる!
えーい仕方ないこいつで行こう。
大した額ではないし料理にも使えるからもう米油だ。
新たな出費となってしまったが、これ以上の時間を割くのも良くない。
早々にAmazonで注文した。
加脂(かし)
翌朝、すぐに商品が届いた。
うーん早いぜ便利だぜAmazon!
皮もそれなりに水分が抜けているような気がする。
早速、
両手にゴム手袋をはめて加脂作業に取り掛かった。
皮を持ち上げる。
グチョォ・・
う・・うーん?
正に生乾きだけど本当に大丈夫かこれ?
24時間は放置したので、
タイミングとしては問題ない様に感じる。
だが、なにぶん初めての事でどうも自信が持てない。
これ・・
もう少し乾燥させないとカビが生えるのでは?
皮と油の間に残った水分の中で雑菌が繁殖してさ。
料理用の殺菌スプレーを吹きかけようか?
でもそんな手順は事前調査で得られた情報には一切なかったし・・
殺菌が必要なら、
昔ながらの製造過程の中に煮沸や燻煙が出てきそうなものだし・・
流石に全体にスプレーしたら殺菌剤が高くつく。
・・鞣し液に漬け込み過ぎたか?
と言うかこれまでの過程で既にミスを犯していて、
もう台無しになっちゃっているか?
それともこれから台無しにしてしまうか?
乾燥の為に更に放置したら?
それはそれでカビが生えるのかも・・
作業開始から10日近く経過している。
無駄にしたくない。
でも不安だ・・。
いや待て・・。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”めんどくせえもうやっちゃえ失敗したらまた考えよっと!!!
ドバババババ
ズリュリュリュリュリュ
両手で皮全体に油を擦り込んでゆく。
不足していると感じた個所には遠慮なく追加。
また擦り込みを繰り返す。
油が不足していたら・・ではなく、
しっかり使ってその結果どうなるか検証してみよう。
中途半端にとりかかると失敗した時に迷走する。
台無しになるかもしれないが、
その時はその時で仕方のない事。
いっそ盛大に失敗しよう。
両手が油まみれの変態は、
とても前向きな気持ちで加脂作業を終えた。
ストレッチ
翌朝。
皮の具合が気になる。
起きるやいなやベランダへ向かった。
皮を乾燥させる時の一般的な作業としては、
ベニヤ板にタッカー(巨大なホッチキス)で打ち付けて縮みを防ぐ工程があるが今回は省いた。
タッカーは持っているがベニヤ板が無い。
他にも代用品を考えてみたが、
これといって良い素材が浮かばない。
段ボールはふやけてしまうし、
それでなくとも強度的に耐えられそうにない。
頭の中で専用の器具を考えてみた物の、
それではかなりの出費となってしまう。
というか木板に皮を打ち付けると、
水分の逃げ場がなく腐敗しやすいようだ。
通気孔を開けまくっても良いのだが・・
手間がかかってしょうがない。
何より、
なるべく使い道が複数ある物にお金を使いたい。
たった1つの目的以外に他の出番が無い物は、
かさばるのであまり部屋に置いておきたくはない。
今回の目的は、
『売り物になるような皮鞣しが出来るか?』
ではなく、
『皮鞣し自体を成功させたい』
なのでこの作業は省略した。
カーテンを開け、おそるおそる皮の状態を覗き見る。
皮は・・茶色く乾燥していた。
一部、まだ油に浸された部分はある。
だが、大部分は茶色くなっている。
これは以前、
皮鞣しの友人から見せてもらった状態と一緒だ!
腐っているようには全く見えない!
偶然だが、
油を十二分に擦り込んだのが良かったらしい。
成功だ!
「よォォ~し!」
小さくガッツポーズした変態は、
ゴム手袋をはめたままコーヒーを堪能した。
まだ油で湿った部分が茶色くなるまで待った方が良いのかも知れなかったが、我慢できなかった。
早くストレッチをしてみたい!
皮鞣しでは、
このストレッチという皮の引き延ばし作業が面白い。
乾燥によって縮んだ皮は、
ベコベコに波打っている。
そこからまた柔らかい状態に戻すために、
何度も何度も引き延ばすのだ。
メリメリメリ・・
引き延ばされていく皮が茶から白に変色していく。
動画を撮っておけば良かったか。
あからさまに色を変えるのでとても面白い。
「フンッ」
メリメリメリ・・
引っ張れば引っ張る程に白くなっていく。
単純作業だが、面白い。
「フンッ・・硬って!」
メリメリメリ・・
「フンッ」
メリメリメリ・・
「フンッ」
メリメリメリ・・
全力で引っ張るので、
当初は毛が抜けないように注意していた。
だが、抜けるのは大概が切れ端の部分のみ。
毛根が皮としっかり繋がっているようで、
そのほとんどは抜ける事が無かった。
なめし液はすごい。
楽しい。
一瞬で終わってしまった去年の事を振り返ると、
これは大幅なステップアップだった。
後は加脂が問題なければ、
ひとまずは成功と言える気がする。
「(あと10回も延ばせば終わるかな?)」
「(あの辺が気になるからもう少し延ばそう)」
一度気になると引き延ばさずにはいられない。
握力がどんどん失われて行き、
次第に手が痛くなってきた。
だがやっぱりもう少し。
あとちょっとあとちょっとを繰り返しながら、
自分の納得がいくまでストレッチし続けた。
「江戸貝くぅぅん!!」
メリメリメリ・・
副産物
皮の引き延ばしが終わってからは更に天日干し。
内側の皮は、電動サンダーで平らに滑らかに削る作業もあるのだが、道具を買うのも置いておくのも面倒だったのでここも割愛した。
更に待つ事、丸1日。
毛が完全に乾燥した。
ミョウバンと塩の白い結晶が無数に見える。
触るとガチガチだ。
この時のために、銭湯で無料サービスされているクシを1本、新品のままとっておいた。
多少は毛が抜けるかもしれないが、
毛根が皮にしっかりとくっついている事はストレッチの際に確認済み。
毛の流れに逆らって、
遠慮なく毛羽立たせていく。
ガシュガシュガシュ・・
毛はやはり多少は抜ける物の、
そのほとんどが残されたまま。
「(これ・・これもう本当に成功じゃん!)」
安堵と共にテンションが上がる。
クシを通せば通す程、
毛並みは徐々にふんわりとした仕上がりに。
小さな白いミョウバンと塩の結晶を、
どんどん落としていった。
夏場の鹿の皮に触れた事は無いが、
毛の密度が物凄い。
思わず手のひらをあてがった。
フカフカだ。
そして驚いた。
ものの数秒で手に温かさを感じたから。
自分の体温が大気中に逃げず、
手のひらから発せられた熱がそのまま残っている事がよく分かった。
すごい保温性だ。
美しく、滑らかで、温かい。
夢中になってクシを通していく。
この工程は15分程度の短い物だったが、
ずっとニヤニヤ笑っていた。
やっと・・やっと俺だけの鹿革ができた!
早く師匠に見せたい使ってみて欲しい。
・・だがまてよ?
ここまで苦労して作った革をいきなりあの人の尻の下に敷くのはなぁ?
そういう訳で、
まずは友人達との新年会で触ってみてもらう事にした。
後日。
戸を閉めれば個室化できる都会の居酒屋。
リュックから革を取り出し友人達に触れて貰った。
「サラサラだ。」
と想定通りの反応もあれば、
「思いの外、毛が硬いんだね。」
と完全に想定外の反応も。
人によってまるで感想が異なるのが本当に面白い。
他にも猪の脚や肩甲骨を見てもらう。
皆、興味津々だ。
自分が何を考えどう仕留めなぜ革まで作ったのか。
色々な質問を受けては、感じたままを返していく。
少し意外に感じたのは、
女性も結構、興味を持ってくれたという事だ。
食べる事は勿論、
大型動物の殺生に直接かかわる行為である、
狩猟そのものに関した質問も頻繁に頂く。
骨や毛皮を見て実際に触れる事で、
より興味を持って貰えたのだろうか?
自己満足で始めた皮鞣し。
それが、狩猟に対する興味と言う、
思わぬ副産物を産んでくれたようでとても嬉しい。
ある友人から言われた。
「お師匠さんによろしくね。」
お任せくださいませ。
70点の数
そういう訳で、
ようやく師匠の尻の下に毛皮が敷かれる事になった。
やはり鹿皮は保温性が高かったようだ。
山へ向かいそして帰るまでの丸1日、
師匠は一言も
「寒い。」
と言わなかった。
「温かい。」
とも言わなかったが(腹立つ)。
山から降りて解散する時に、
「あ、これ忘れずに持って帰ってな?
おっ母が見たら怖がって車に乗ってくれねえ。」
と言われた時はなんちゅう言い草だと思ったが、
しっかりと座布団としての機能を果たしたらしい。
今回、諸々と省略した作業もいずれはやってみたい。
だが最低限、1通りの工程を問題なく終わらせる事が出来た事は大きな自信になった。
今後、必ず成功するとは言えない。
もっと経験を積んだ人や、それこそプロからすればせいぜいが70点程度かも知れない。
それでも、何もしなかったら0点だったのだ。
また1つ自分自身の手で出来る事が増えた。
やった事があって、ある程度はそれなりの形には出来るという自信と喜び。
何かに特化するのも悪くないが、
70点の数を増やすのは面白い。
0点という未知の世界は面白い。
罠の設置
獲物の止め刺し
解体
精肉
ジビエ料理
そういったこれまでのスキルに、
また1つ皮鞣しというスキルが加わった。
今回は雌の小鹿の皮だった。
他の動物は当然として、
雄鹿でやってみたらまた手触りが違ってくる物なのだろうか?
毛が無いペラペラの革をまず作って、
財布や革袋といったジビエレザークラフトの世界に行ってみようか?
狩猟から様々な事を教わる。
70点のスキルが次の0点に興味を持つ切っ掛けとなり、どんどんアイデアが沸いてくる。
次は何をしてみよう?
自分の尻と構想を、
今まさに鹿の毛皮が温めてくれている。
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