ジビエ興味ある?
たった一言で言えば、
「できるものなら狩猟をやってみたい。」
狩猟を始めたきっかけを一言で表現するならそればかりだった。
「自分で肉を手に入れてみたい。」
「割安でジビエを食べたい。」
理屈を探せば主な理由なんてそんな所。
鳥獣被害とはまるで一切関係なかった。
ただ、やってみたかったのだ。
だからSNSを始めた当初はとても恐ろしかった。
いや今でもそれなりに恐ろしいのだが、余程に親しい間柄でない限り、
『狩猟をしている。』
という、ただそれだけの事を言えない日々は長く続いた。
『動物を殺すなんて残酷だ。』
『お金を払うだけで肉が手に入るのに、なぜわざわざそんな事をするの?』
延々とそう言われ続ける日々が来るのかもしれないと、未だに思っているから。
農耕とは違う。
釣りとは違う。
哺乳類や鳥類の命を奪う行為を趣味と宣言する事にはやはり抵抗があった。
変わり者ではあるらしい。
表現や解釈が独特ではあるらしい。
それは幼少期よりよく言われていた事。
一般受けしない世界であろう事を識っているだけに、やはり今も一抹の後ろめたさを感じずにはいられない。
だが一方でこうも思っていた。
『一体、命を奪って生きているという自覚を持とうとする事のどこがおかしいの?』
『見ているか見ていないかだけで、どっちみち数多の命を殺して生きているわけじゃん。』
常に心のどこかでそう思い続けていたから、やはり心の中では当初から大枠の結論が出ていた。
これが、自身の生まれ持った感性・性分なのだ。
ただの言い訳なのだろうか?
そこまで酷い事をしているのだろうか?
引け目を感じなければ非常識?
『それを言うなら~だって。』
今となってはそんな文言で言い負かすために割く労力が惜しい。
したい事をしているだけ。
自身が可愛いと思う物に対して酷い扱いと感じる事をされれば誰だって怒る。
だからこそどれだけ考え続けても、自分のしている事はそういうやり取りで解決する物では無く、人は常に矛盾を抱えて生きていく物だと思っている。
答えが無いのが答え。
身近な多くの方々からは好ましい評価をして頂いているのだから、考えるだけ無駄かなぁとも思うようになっていく。
そこに少し納得し、可能な限りではあるが徐々に自ら発信するようになった。
「実は料理が好きで、食べる事が好きで、その派生で狩猟をしているんです。」
「魚を釣ったら捌いて食べるように、狩猟を通じて動物を狩って捌いて食べて生きてみたかったんです。」
本当にありがたい事に、
今では少しずつ、しかし着実に肯定して頂ける方々と繋がっていっている。
心のままを伝える事で、中にはまゆをしかめる方もいる。
ちょっとそこは申し訳ない。
でも自分は、自分の生き方として間違っていないと思っている。
こういう風にしか、
それなりに納得して生きられない。
だから最近こんな事を言い出した。
「最近、農家の友人が育てた野菜と僕が狩った動物の肉でジビエバーベキューをしようとしているんだけどどう思う?」
友人達は言った。
「「「めちゃくちゃ面白そうじゃん!!!」」」
それで心の中に火が点いた。
ジビエの味を知ってほしい。
美味しいと言ってほしい。
何かの役に立ちたい。
許された時間
「鹿や猪を、ジビエというものを食べてみたい。」
「子供の頃は田舎に住んでいてよく食べた。だからどれだけ美味しいかよく知ってるよ。狩猟をする余裕はないけれど、できるならまた食べたいな。」
賛同してくれた友人。
その友人の友人。
自らちょっと発信してみただけで、
どんどんバーベキューの参加者が増え、肯定的な意見も増えていく。
猟師と身内という、ただそれだけの狭い関係で続いていた世界があっと言う間に広がる。
なんてありがたい事だろうか。
猟期開始は11月15日。
2023年は週のど真ん中である水曜日。
友人達と打ち合わせを重ね段取りを組む。
参加者の日程の都合もあり、バーベキューの開催は11月25日の土曜になった。
許された時間は10日未満。
狩る側としては全く余裕がない。
だが、厳しいものの可能性がゼロかと言えばそうでもない。
今まで、何も考えずやけくそで罠を仕掛けた訳でも銃を背負って山に入った訳でもない。
拙くとも、それなりの根拠を以て狩りに臨んだ自分には多少なりとも経験があった。
もしかしたら、鹿と猪のどちらか1頭は獲れるかもしれない日程だった。
「だめかもしれないよ?そうなった場合は今年の春に獲れた肉で開催する事になるよ?真空パックで包装してあるし自分は年中食べているから鮮度は保証するけれどイメージ悪くないかな?」
それでも友人達は言った。
「やろう」
だから決めた。
やろう。
ある日の闇の中
ジビエBBQの開催が決まり、
猟期を迎えた午前4時半。
早朝・・どころではなく薄暗くもないただの夜。
ただの闇。
猟場へ向かうため目を覚ました。
バーべキューの日程が決まってからというもの、成果を出すために、そして食べてもらうために、心の中は高揚と焦燥が常にあった。
真空パックされ脂の乗った雌の猪とはいえ、冷凍庫に入っている肉は春に獲れた個体。
鹿肉はほとんどない。
猟師は自分しかいない。
つまり、皆に食べてもらうための、最高鮮度のジビエ肉を手に入れる事ができるのは自分しかいない。
それがプレッシャーでもあり、また楽しかった。
布団の中でアレコレ考えていると、間抜けな事に二度寝してしまった。
起床は5:20。
しまった完全に遅刻だ。
あわててカップラーメン用の湯を沸かし出発。
意気揚々と山へ入るも現地到着は7時前。
狩猟可能な時間である日の出はとうの昔に過ぎていた。
「(まぁ・・大して変わらんよ。)」
夜中とも言える時間に起きて車を走らせているのだから自分を非難する理由など無い。
自分にそう言い聞かせ、トランクから銃を取り出そうとしたその瞬間だった。
ガササッ!
右側前方で明らかに不自然な音がした。
鹿だ!
音のした方向を、音を立てないように体の向きや位置はそのままで首だけ動かして慎重に見る。
単独行動するのは雄。
角は?・・どれ位の大きさ?
そう思った。
オスかメスか・・茶色い・・何かが・・
それまで師匠から何度となく聞かされていた。
「山の中で俺達が出会うとしたらまず間違いなく鹿だ。猪なんてここ50年狩りをやっててまず見た事がねーよ。臭いを辿れる犬がいなけりゃ絶対に見つからんし出てこん。」
世間様は分からないが、こういう時、自分はつくづく先入観の奴隷なのだと思う。
振り返れば純粋且つ素直極まりない我が心が今では少しうらめしくもある。
目の前に、猪がいた。
黒い三連星
鹿のシルエットとはまるで異なる。
とてもあのスラッとしたスタイルには見えない背の低さと茶色さの4つ足動物。
それが右側前方30メートルで動いている。
目を細め、絶対に鹿ではないという事を何度も確認する。
そしてそれは間違いなく猪だという事を何度も認識する。
自身の脳が事実と認識し整理するまで約30秒。
ガサッ!
ガササッ!
ガサササッ!
・・よくよく見ると3頭もいる!
完全に想定外の事態で初手をしくじった。
草木を静かにかき分ける猪達。
自信の持つ散弾銃の有効射程距離は30m。
運良く車のトランクを開けて銃の準備をし始めていた自分。
状況を理解した後、
慎重に
慎重に銃を取り出し銃弾を探し当ててゆっくりと弾を込める。
ソロ~・・
カ・・・チャ(1発目装填)
ソロ~
カ・・・チャ!(2発目装填)
それが最後だった。
3頭の猪はその金属音に気付き全力疾走して去っていった。
その後、自分にできた事は眺める事のみ。
大事なチャンスを文字通り見逃した。
悔しくて悔しくて、ジビエBBQの事なんて頭になかった。
単独猟で新人が猪を仕留めたとなったら師匠や先輩方をどれだけ驚かす事ができただろうか。
「(あ”あ”あ”あ”あ”)」
心の中で絶叫した。
それが、
その日の初めにして終わりのチャンスだった。
帰宅後、事の顛末を師匠にLINEで連絡した。
「残念でしたね。」
何で敬語なんだよ腹立つ。
雨と銃声
翌朝。
同じ山の同じポイントにいた。
前日と違いがあるとすれば時間と天候。
現地に到着したのは前日より早め日の出前20分。
雨が降っているが大して関係ない。
音も臭いもかき消えてむしろ助かる。
人間でもこの程度の感覚なのだから、昨日よりも薄い警戒心でやつらはまたこの道を通るだろう。
きっと同じ時間に。
ポンチョをかぶり、
雨に打たれながら延々と彼等を待った。
バチバチバチバチ
雨がポンチョを打つ。
ボタボタボタボタ
雨の雫がポンチョから落下する。
昨日は完全に失敗した。
だが猪を見つけ、
そして彼らが走り去ったポイントは平地。
この通り易い道を必ずまた通る筈だ。
獲物を確認出来ていない限り弾丸を銃に装填してはならない。
自分のような素人に毛の生えたレベルの新米猟師には難しいものだが、この雨音なら装填時の音もかき消えるだろう。
延々とその瞬間を待ち続けた。
だが、愚かな自分はすぐ迷いだす。
杉の木々の生い茂る中、
『このポイントなら見晴らしが良くて撃ちやすい。』
そう決めた場所の付近にある切り株を見つけては結局、
「(本当にこの場所で良かったのか。)」
と不安になり頻繁に移動しては数分だけ座って待ち続ける。
本当にこの場所に来るのか。
そう悩みつつ、あちこち動いて待ち続けた。
気付いてくれと言っているような物だ。
雨音で自身の足音が響きにくい事は分かっていてもやはり悩んだ。
『もっと撃ちやすい場所を』
と、移動を繰り返してはまた座るの繰り返し。
1時間ほどそうこうしていると、後方で銃声が鳴った。
バーン!
バーン!
近くに猟師がいて、鹿なり猪なりを見つけたのだろう。
驚かなかった。
先取りされた気分で悔しかった。
夢中になっていたのだ。
気付いたのは10分程後だった。
「あれ・・?このままここに居座っていたらまずいのでは!? 」
オロオロオロオロ。
あの銃声で鹿や猪がこのポイントから脱出していたら、ここで待ち続けるのは時間の無駄だ。
いやそんな事よりも、もし自分の車が撃ち抜かれたら。
我に返ってから数分、ようやく自分の生命に意識が注目した。
「(もしかして・・俺が流れ弾に当たるのでは!!??)」
慌てて車に戻り現場を離れた。
多くの期待を胸に臨んだが全く狩猟にならない1日となった。
まだ猟期が始まってから数日とはいえ、随分な時間を費やした結果がこれか。
ジビエBBQなど程遠い。
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