初猟②(猟師と農家と防護柵と罠)

狩猟

痕跡の分析

獣を仕留めるための罠に自分が掛かるという不名誉をいきなりやらかしてしまった。
しかしそのお陰で一気に師匠との距離が縮まった気がする。
相変わらず獲物の痕跡をどう探せば良いか自分にはさっぱりわからないのだが、
毎年罠を仕掛ける師匠にとっては入り慣れた山。
藪の中を迷う事無く迷いなく進んでいくその間に、
ポツポツと注意すべき点を教えてくれるようになった。

「さっきヌタ場があったろ?
猪が泥だらけになったって事は、そいつの周りに泥がつくって事だ。
どこかに泥がついていないか見ながらついてこい。」
ヌタ場のあったぬかるみからだけでは痕跡を追いにくい。
しかしヌタをうった後、泥まみれになった獲物が移動すればする程、
その周辺の固い地面に積もった落ち葉には蹄、若木には胴体に付着した泥がこびりつく。
猪は脚が短いため、獣道を遮る倒木をまたぐ際に腹をこすって泥がつく。

いるかいないかだけではない。
蹄の形をした泥から、そこにいたのは鹿か猪のどちらなのかや大きさが判別できるし、
若木に付着した泥の高さからといったおおよその背の大きさを把握できる。
「なるほど。」
教えて頂く度にオウムのように繰り返し自分も痕跡を探した。
一度、車へ戻り少し離れた次のポイントへ向かい同じ事を繰り返す。
夢中になって辺りを見回していると不意に師匠が言った。
「今年はこの辺にはいないな。次行くぞ。」

左のような多少の傾斜など猪や鹿はものともしない

防護柵

「ここは竹林があるから猪が筍を食いにくるんだ。」
「あそこの側は田んぼや畑だ。鹿が米や野菜を食いに山から降りてくるんだ。」
そう師匠に言われながら次こそはと獲物の痕跡を探すのだが、
一時間ほど二人であちこち探し回っても、どうもはっきりした足跡が見つからない。
師匠も
「(痕跡が)薄いな~。」
を繰り返す。

一番目のポイントへ向かっている車中で言われた事を思い出した。
「県が農家へ補助金を出すようになったんだ。
作物を食われないように畑や田んぼを柵でグルっと囲むんだな。
そういうのは昔っからやってたんだが、
最近は山から獣が降りる事自体ができねえように山を囲っちまった。」
山をまるごと柵で囲む?
どれだけの補助金が必要になるんだよ?
聞いた時は大げさだと思ったが、
山へ近づくにつれそれが本当である事を見せつけられた。
車をどこまでもどこまでも走らせても、延々と頑丈な鉄柵が山を囲んでいる。

愛知県内における鳥獣被害額は毎年約5億円。
かなり古いデータだが、2012年の資料に記載されている被害対策費用は約3億円。
人的工数が含まれていないとしたら、総額は優に2桁を超えるだろう。
被害をもたらす鳥獣類は地域によって随分と異なる。
愛知県は特にカラスやムクドリの鳥類による被害が際立つのだが、
空からの対策は難しいので、せめて山からの侵入だけでも阻止したいのかも知れない。
少子高齢化に加え、獣が農作物に襲い掛かってきては農家にとってはたまらない。
営農意欲を失い離農に繋がるパターンに拍車をかけてしまう。

それを聞いた時は素直に良い事だと思い、今もその気持ちに変わりはない。
しかし猟師にとっては困るのだろう、師匠は少し不快そうだった。
柵が無い頃は、山と畑の間にあるアスファルト道の上に獣の足跡がはっきりと残るので、
それはもう罠を容易く仕掛けられたそうだ。
昨日来た時になかった足跡が今日は無数にあるなんで事はザラ。
それは獣が現在進行形で使用している道に間違いないので簡単に獲物が掛かったらしい。

それがどこにも一切見当たらなかった。
対策には意味があったという事なのでやはり良い事ではある。
ただ、獣達が狙う食べ物を一気に変えざるを得ないという事は、
山の中の行動ルートがまるで変わるという事。
それはベテラン猟師達が経験で身に着けた
「ここなら間違いなく毎年獲れる。」
という、それぞれが持つ穴場を失う事を意味していた。

「周りの奴等も皆、今年は全然獲物の気配が無いと言っとるわ。」
趣味で狩猟をしているのだから文句は言えない。
ただ、猟師達にとっては少し困った事でもあった。

僅か5分で猿が30頭は駆けて行った

罠を掛ける

あちこち山の中を歩き回ったがやはり明確に自信を持てる痕跡は見つからず。
「見回りで一日を終えたのではつまらんだろう。」
師匠が罠を掛けてみようと提案してくれた。
痕跡が薄くても仕掛ければ獲物が掛かる可能性はある。
車へ戻り、罠やスコップを持って数か所にポイントを絞って設置する事になった。
獣が通ったであろう道。
その道に罠を掛ける時は、その中のどこに罠を仕掛ければ

  • 安全に仕留めやすいか
  • 急な登り坂が少なくて搬出しやすいか
  • 解体しやすい場所はあるか

といった事も考える。
ほぼ平地に仕掛けた罠に獲物が掛かった場合、
猪であれば反撃の際に全力で突撃されてワイヤーが切れる可能性が高まる。
坂道であれば上から迫れば幾分か勢いを殺す事ができるのだ。
(それを忘れて下から迫れば当然一番危険な状況となる。)
そういった事も教わるので今度は、
「じゃあここならどうっすか?」
をオウムのように繰り返す事になった。
そしてそのことごとくが却下され、結局師匠が決めたポイントへ設置する事になった。

見た事のない師匠が作ったこの世に一つしかない猟具。
それを横目にスコップで穴を掘る。
使い方がヘタクソだと笑われながら。
からかわれているのに何だか嬉しかった。
まだ何も獲れていないし、獲れる可能性は低いと既に言われている。
それでも今、自分は罠猟師として初めて罠を仕掛けようとしている。
汗だくになり、
「しんどいっス!」
時折そう言って笑いながら掘り続けた。
とてもワクワクした。

「意味わからんだろうから、しばらく手本を見せるぞ。」
穴を掘り終わった後、息を切らす自分の隣で師匠が罠を設置し始めた。
圧縮させた強力なバネの反発力を利用する罠は、
作動した瞬間に凄まじい勢いでワイヤーが締まる。
仕組みを完全に理解っていないと本当に危険なものだ。
安全装置があるとはいえ、
いつ「万が一」が起きるか分からないので少し離れて見学した。

一度にその手順を覚え切る事は出来なかったが、
一つずつ丁寧に組まれていくその様子に魅入った。
最後に土や落ち葉をかけるのだが、そこにも一つ一つに意味がある。
指定された土や落ち葉を言われるがままにかき集めて師匠に渡していると、
作業が終わったその場所は周囲と全く見分けのつかない獣道となった。
これが罠猟師という物なのか。
「こんなもんだ。地味だろ?」
注意喚起のプレートを傍の木に括りつけながら師匠は言った。
「楽しいです!」
即座に返した。

罠がどこにあるのか全く分からない

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エセ神戸は小食です意外ですねでもSNSは食い物ばかりアップしています。

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