気になる
猪が獲れた。
どんな事をしてどんな風に仕留めたのか。
その詳細はまた別の機会にするとして、ありがたい事に若いオスの猪が1頭獲れた。
何も獲れなかった日はいつだって、
「一体わしゃ何をしとんねん。」
と思う。
師匠と2人ならまだブツブツ語る事もできるが、1人で見回っている時なんかは特に思う。
何も気配がなければ、それはそれで自分達の見切りが甘かったのではないか不安になる。
罠が作動するポイントの僅か隣を獲物が歩いていれば悔しい。
作動後の罠を見つけた時は悶絶もの。
一瞬の差で獲物が脚を引いて逃げおおせたであろう事を思うとそれはもう悔しい。
趣味とは言え、罠の見回りだけでも交通費も時間も狩猟税もふんだんに注ぎ込んだ半月だった。
ああ良かった!
今年産まれたにしては大きい。
一昨年生まれたにしては小さい。
だから去年の個体、1歳前後といった所だろう。
まず間違いなく肉質が柔らかい事が期待できたし、解体時は予想以上に脂が乗っていて初物としては最高だった。
だが、前期に獲れた猪の肉がまだ残っている。
腐敗の早い内臓はさておき、肉は古い物から頂いていく。
これから先の事は分からないので全然構わない。
例年であれば10月には肉を食べ尽くし、11月の猟期開始から獲物が獲れるまで肉は食べないのでむしろありがたい。
なんとか今年も肉を手に入れる事が出来た。
このペースなら・・これからも何とかなりそうだ。
多分。
心臓や肝臓、そして今回は脾臓(焼き鳥で言うチレ)といった部位は獲れたその日に食べてしまったが、他は綺麗に精肉して殺菌、例年通り真空パックにして冷凍庫で保存しよう。
ジビエ専用の冷凍庫が、また鹿や猪の肉で溢れ返るのはいつになるだろうか。
解体後、いつもなら土に埋めている大量の骨が気になった。
「(・・良い出汁が出るのでは?)」
豚の骨を使って豚骨ラーメンにするのだから、猪の骨からも同様に良いスープが取れる筈だ。
どんな香りがするのだろうか?
果たしてどれ位の力強いスープが取れるのだろうか?
あああ気になる!!!
もっともっと獲物が獲れだしたら、解体と精肉そしてベーコンやハム作りで忙殺されてしまう。
・・やるなら今しかチャンスがないのでは?
大は小を兼ねると、馬鹿全開で勢いそのままに購入した巨大な圧力鍋。
買うだけ買って結局、鹿や猪から取れた大量のスネ肉を煮込む以外、用途が無いままほぼ1年眠っている。
彼にもっとスポットライトを当ててやりたい。
活躍の場を増やしてあげたい。
「これ・・今回は埋めずに持って帰りますスープにします!」
そう言うと、背骨をへし折りビニール袋に入れた。
「(・・またおかしな事を言い出した。)」
そんな顔をして、師匠は見ていた。
無力ハンマー
Youtubeやテレビで骨からスープを取る時、ハンマーで骨を割っている様子を見た事がある。
そうする事で、骨髄を露出させ出汁を抽出し易くするのだ。
また、血を綺麗に洗い流す事で、煮込んだ際に発生する獣臭さを抑えるのだと言う。
ぶっちゃけ、豚骨ラーメンは多少は臭いのするスープの方が好みだ。
普段、街中で食べる一切臭みのない豚骨ラーメン。
それはそれでとても美味しい物だが、万人ウケし過ぎていて少し物足りなさを感じている。
ちょっとクセがあった方が面白い。
止め刺しの時点で血抜きはよく出来ている事は、解体の時点で肉を見ていて分かっていた。
掃除が面倒だし、よっぽど目立った血の塊でもない限りそのまま使ってしまう事にする。
脚の骨を思い切りハンマーで叩いた。
「フン!」
ゴッ!!!
いてててて衝撃がそのまま手に戻ってきた!
ゴッゴッゴッ!!!
打撃音が部屋中に響き渡る。
なのにどうしようびくともしない!!!
割れる気が全くしない痛い!!!
このままでは騒音で苦情がくるかもしれない。
「お宅、一体何をされてるんですか?」
「骨をハンマーで砕いて小さくしています。」
だめだこれでは狂人だ。
完全に蛮族だ。
早々に諦め、今度はノコギリをもってきた。
削れた骨がスープに混じるのではと思ったが、最後に濾すので問題ないだろう。
ギコギコギコギコ・・
固っっった!!!
刃が全然進まん!!!
さすが若い個体、なんという骨密度だ!
1本ならまだなんとかなるが、あと3本ほど同じ作業を続ければその時点で握力が尽きるだろう。
全ての太い骨に対してこの作業をこなさなければならないかと思うと、絶望的な気分になった。
だめでーす!
結局、比較的簡単にへし折れる背骨だけバキバキと割り、後は圧力鍋君の力に頼る事にした。
臭くしたいのだから茹でこぼすのもやめておこう。
農家の友人が格安で譲ってくれた生姜と、たまたま目に入った師匠の畑で引っこ抜いてきた大根の葉、そしてニンニクを1かけら。
それらを鍋に放り込んで水を張り蓋をして点火した。
ボコボコボコボコ・・
徐々に沸いてくる。
次第に蒸気が鍋と鍋蓋の間から漏れ出した。
プシュー・・
あれ・・?
なんかもう良い匂いがするぞ!?
骨と肉
30分は加熱した。
骨髄の成分を全て出し切るにはどれ位の時間を要するかは分からないが、カレーとかなら十分だろう。
延々と煮込み続ける事に強い抵抗がある。
味は当然気になるが光熱費がもっと気になる。
そして、部屋にはおいしそうな匂いが充満しているがこれ染み付いたらどうしよう。
一旦、火を消して終了する事にした。
圧が抜けるまで待ち、蓋をあけてみる。
すると半透明のスープが現れた。
あれっっっ?
全然、濁ってないぞ??
もっと豚骨ラーメンのような白濁した状態を想像していた。
・・全然臭くない。
味は?
ズズッ・・
お・・おいしい!
もっとドぎついのを予想していたが、なんて繊細な味わいだろうか。
そしてやっぱり全然臭くない!
生姜とニンニクの風味とも良く合っている。
大根の葉?
これは意味が無いような・・
まぁいいだろう。
これはこれで、鍋にだってリゾットにだってカレーにだって何にでも使える。
骨周りの肉をかじってみる。
!?
!!??
う・・うまい!!!
てっきり出汁に使われた後の出涸らしの肉と思っていたのに信じられない位に旨い。
どんな食材だって、多少の塩があってこそ美味しく頂けると思っていたがなんだこの旨味は!?
塩を一切加えていないのに、猪という1つの材料だけでなぜこんなに満足できる!?
ガリガリガリガリ
その日の晩は夢中で骨周りの肉をかじり続けて終わった。
蛮族になってしまった・・
スープに関してはやはり加熱時間が短すぎるようだ。
だが、商売をするわけでもないのに延々とガスを使い続ける訳にもいかない。
明日、もう1回だけやってみよう。
鍋蓋を取り付け、巨大な鍋が放つ熱を暖房代わりにしてそのまま深い眠りについた。
3度目の挑戦
翌朝、再度加熱を試みてスープの様子を確認する。
多少濁った・・ような?
もっともっと時間とお金を費やせば理想の濃度になるかもしれないが、精肉作業が待っている。
とても美味しいスープが取れる事が分かった時点で万々歳。
ひとまずスープ作りはここで終わりにしよう。
精肉作業の合間、スーパーで麺を買った。
ここまで来たのだから麺も作ろうか考えたが、
かんすいや食用の重曹といった、ラーメン専用の麺を作るために必要なアルカリ成分の材料がない。
パスタマシーンもない。
そして何より、そこに割く時間と体力が無い。
お金を払って便利を手に入れる事にした。
1袋3玉入りの太麺を購入。
2回試作して、3回目でなんかいい感じの仕上がりにしよう。
試作1日目 ~塩のみ~
味付けはシンプルに塩のみで食べてみる事にした。
ズゾゾ
うまい!
でも当然と言えば当然だが、お店のラーメンの方がうまい。
細麺ならもっとスープを抱き込んで美味しく感じられたのだろうか?
もっと力強い味わいの方が太麺には合っている気がする。
いや十分うまいんだけど。
試作2日目 ~カエシ~
今度はカエシを入れて味を濃くしてみる事にした。
醤油と昆布つゆを入れてスープで割ってみる。
・・なんとなく豆板醤も入れてみる。
うーん。
うまいっちゃうまいんだけど良く分からない味になってしまった。
猪のスープから出る優しい風味を完全に消してしまっている。
これなら土台となるスープが何だってこの味になってしまうような・・
試作3日目 ~ヴィーガン味覇(ヴェイパー)と塩~
肉や魚の旨味成分はイノシン酸。
野菜の旨味成分はグルタミン酸。
他は乾燥させたシイタケのグアニル酸が有名だ。
人が
「美味しい」
と感じるのはこの旨味成分の相乗効果を利用した物が多い。
そして、まだまだまだまだ勉強不足だがこの相乗効果は、
旨味成分1種類 x 旨味成分1種類
且つ、
成分量比が1:1
の時に最大の効果が発揮されるようだ。
イノシシの骨を使った時点でイノシン酸は確定している。
シイタケのグアニル酸?
どうもシイタケ自体の香りが合うとは思えない。
野菜から抽出したグルタミン酸の塊である万能調味料を使ってみる事にした。
スープから出たイノシン酸の量が分からないので1:1にはしようがない。
なんとなく、そうなれば良いな~と思いながら、ヴィーガン味覇をスプーンで削り取りスープで割った。
噛み応えのある太麺にスープが負けないように、塩を気持ち多めに入れてみる。
ミンチにした猪肉をフライパンで炒めて少し焦げ付かせ、猪スープを加えて延ばす。
煮詰まる直前で豆板醤を加えて肉味噌完成。
塩と胡椒だけ加えたもやしとニラとネギを短時間で炒め肉味噌と合わせた。
ズゾゾ
うまーーい!!!
塩気が麺と合っている(気がする)!!!
始めに感じたスープの塩気が噛む度に野菜の水分で調節され、麺の甘みを感じる。
ピリッとした肉味噌も良い感じだ!
自分の作った料理なんて50回に1回位しか美味しいと思わないが、そうかそうか骨から取ったスープでこんな美味しい物ができるのか。
ぶっとい骨は今後は除外して、背骨はこれから持って帰る事にしよう。
そしてダシを取り終わったらこの美味しい美味しい肉は少し骨に残しておいたまま、罠の近くに置いておこう。
匂いにつられた猪がまた罠を踏んでくれる事だろう。
そうやって自分はまた、その猪の背骨からスープを取るのだ。
コメント