森林被害の実態
日本国内における鳥獣の中で、
最も被害をもたらす存在が鹿(北海道は蝦夷鹿)だ。
令和3年度におけるノネズミ等を含む主要鳥獣による森林被害面積は4886ha(ヘクタール)。
(林野庁の資料による)
1haは100m x 100m = 0.1km x 0.1km = 0.01㎢。
100ha = 1㎢で1000ha = 10㎢。
分かり易く4886haを4900haとすると49㎢。
縦横7km分の面積を埋め尽くす森林が被害にあっている。
東京ディズニーシー(49ha)なら100個分、
東京ドーム(4.6ha)なら1000個分以上だ。
この内、鹿による被害が全体の7割を占め、
樹木の枝葉・苗木・新芽の食害や、樹皮の剥皮による枯死を招いている。
森林被害により発生する問題は、
林業関係者の経営意欲の低下だけに留まらない。
鹿はまず地面に近い草花や低木の若葉といった下層植生を食べる。
口が届きやすく柔らかいからだ。
好みではない植物以外は徹底的に食べ尽くされ、
食料の乏しい冬場はヒノキやスギの樹皮が狙われる。
生息密度の高い地域ではその影響が顕著となる。
鹿が首を延ばす限界である2m程度から下の植物、
それらが皆食べ尽くされ丸裸になるので、
不自然に見通しの良い景観となる。
これをディアライン(鹿摂食線)(deer=鹿)と言う。
下層植物が失われれば昆虫類の住処が失われ、
以降は
爬虫類・両生類→小型鳥類・小型哺乳類(ネズミ等)
→大型鳥類・中型哺乳類→大型哺乳類
と生態系全てに連鎖。
生態系の単純化でもあり、
多様性の低下とも言える悪循環が生じる。
蜜源植物がなくなれば蜜蜂は消え養蜂家は廃業だ。
人が種を撒いて花を咲かせるまで育てたら?
花が咲く前に伸びた新芽から一網打尽に食いつくされる。
山間部に限らずドライブはロードキル問題で命がけ。
突如、道路脇から鹿や猪が現れてから0.5秒程度で接触。
そんな映像はYoutubeで山ほど見つかる。
轢死した動物を狙った狐やカラスが、
後続車に跳ねられるといった事態も発生している。
枯死した樹木の根は保水能力を失い、
むき出しとなった土壌には雨水が流れ込みやすくなる。
大量の泥水が河川に流れ込めば水棲動物が打撃を受け、
その影響はいずれ海まで及ぶだろう。
根が腐り土を保持する力が失われれば、
里山で暮らす方々は土砂災害のリスクに晒される。
作物被害の実態
森林被害にも同様の事が言えるが、
作物の被害額や害をもたらす鳥獣の差が地域によって激しく異なる。
農林水産省のHPに載っている地図をクリックすれば、
その実態を都道府県別で確認できる。
しかし全体的に被害規模が減少傾向にあるとはいえ、
農作物に最も被害をもたらす鳥獣も鹿である事が分かる。
令和3年度における全国の被害は、
・被害面積→33000ha(森林面積の6.75倍)
・被害量→46.2万t
・被害額→約155億円
となっている。
猪も大概だが、
鹿(蝦夷鹿含む)だけで被害総額の約40%である61億円に上る。
リンク先のマップを都道府県別に見てみる。
北から被害額の高い地域を見てみると、
北海道・・44億
岩手・・・2.1億
群馬・・・1.3億
長野・・・1.4億
兵庫・・・1.4億
福岡・・・0.7億
宮崎・・・0.9億
と北海道が圧倒的だ。
日本一広大な土地と食料自給率を誇る北海道に猪はいない。
(豚とかけあわせたイノブタはいるようだ)
だが、
本州鹿より1.5倍大きな蝦夷鹿が約70万頭生息している。
全ての農地を柵で防御するなど本州ですら不可能だ。
被害額が群を抜いているのも頷ける。
生息域分布
鹿の全国的な被害状況を地図で眺めて疑問に思った。
県によって被害のバラつきが大きい。
鹿は北から南まで全国に分布している。
だが、被害が甚大な県に隣接していながら、
全くと言って良い程に被害が無い県がある。
岩手は深刻で宮城もそれなりの被害が出ている割に、
青森・秋田・山形ではほぼ0に近い。
群馬・長野・岐阜で被害が出ている割に、
新潟・富山・石川ではほぼ0に近い。
都市部はともかくなんだこれは?
岩手の被害が凄まじいのに、
そこから南の全ての県が赤くないのはなぜだ?
より南部の方が気温が高く、
自然豊かでエサにありつき易いのではないのか?
県によって対策への熱の入れ方や手法が異なったり、
植生といった自然環境の違いはあるだろうが極端すぎる。
原因を考えていると、
全鳥獣類の被害総額を示す都道府県別のマップと見比べている内に思い当たった。
冬だ。
青森・秋田・山形・富山・石川・福井・鳥取。
どこも冬は猛吹雪の日本海側。
降雪量ランキングなら大概TOP10に入っている。
餌が無いばかりか、
鹿はそもそも雪のせいで山に立ち入る事ができないのだ。
雪の無いタイミングで立ち入った場合、
それはそれで大雪が降ればそこから出られない。
単純に冬を越せないのだ。
被害額の大きい岩手や長野も豪雪地帯ではある。
だが、岩手県でシカが多数捕獲された地域は、
大船渡市や陸前高田市といった降雪量の少ない南東部。
長野では同様に南部である事が確認できた。
勿論、原因は雪以外にもあるだろうが、
振り返ってみたら当たり前の話だった。
降雪の影響に関しては、
気づいてみれば鳥獣被害でよく語られるのだから。
だがこうして改めて疑問を持って再確認できた事は、
今後、狩猟・獣害を問わず状況を分析する上で大きな経験となった。
分析と確認。
これからの学習にもいつか必ず役に立つ。
国の対策と規制の歴史
2013(平成25)年、環境省と農林水産省によって
『抜本的な鳥獣捕獲強化対策』
が取りまとめられた。
増えすぎた鳥獣により生じた被害を食い止めるため、
10年後の日本鹿(本州鹿・蝦夷鹿)と猪の個体数を半減させる計画だ。
当時の日本鹿(本州鹿+蝦夷鹿)の推定個体数は300万頭以上。
猪は90万頭弱。
鹿の捕獲率を当時と同じとして新たな手を打たなかった場合、
2025年には本州鹿だけで500万頭を超える可能性があったそうだ。
少子高齢化の世の中、
年々減るベテラン猟師と増える森林や耕作放棄地。
対策が遅れれば遅れる程、取り返しがつかなくなっていく。
捕獲数目標以外には主に
・捕獲そのものの強化
・ICT(Information and Communication Technology(情報通信技術))活用
・わな猟と網猟の免許取得年齢の引き下げ
・地域ぐるみでの捕獲体制強化
・ジビエとしての食肉利活用の推進
・国民理解の醸成
といった対策がなされた。
グラフを見て気になった点があった。
一番左端の1989年からざっくり15年程、
やけに鹿の生息数が少なく感じる。
勿論、対策が打ち出された2013年前後の数が極めて多いからこそ目立つのだが、
たかだか15年でこの差はなんだろう?
またもや環境省の資料から学び、
過去の経緯をざっくりとまとめてみた。
縄文 |
– | 衣類や釣り針、何よりタンパク源として利用される。 東北や北海道では地域的に絶滅する程乱獲される。 農業生産が進むにつれ害獣として扱われるようになる。 |
江戸 | 17~18世紀初期 | 日本人口倍増。農地開発が進み平地から鹿や猪は追いやられる。 |
明治 | 1878年 (明治11) | 北海道でエゾシカ猟の一部禁止。 | |||||
1890年 (明治23) | 北海道でエゾシカ猟の全面禁止。 | ||||||
1892年 (明治25) | 全国的に『狩猟規則』制定。1歳以下のシカ捕獲禁止。 | ||||||
1896年 (明治28) | 『狩猟法』制定。 | ||||||
1901年 (明治34) | 『狩猟法』改正。シカ禁猟解除。 |
大正 | 1918年 (大正7) | 『狩猟法』改正。シカが狩猟獣に指定。 | |||||
1919~ 1947年 | 狩猟期間が短縮。 | ||||||
1925~ 1926年 | メスジカを狩猟獣から除外。 |
昭和 | 1945年~ | 戦中の混乱期に乱獲。戦後は米軍による狩猟・密猟も横行。 | |||||
1948年 (昭和23) | 『狩猟法』が『鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律』へ改正。 メスジカを狩猟獣から除外。 |
||||||
1950年 (昭和25) | オスジカが狩猟獣になるも、 北海道・岩手・宮城・長野・神奈川・広島・山口等、 生息数の僅かな地域ではなおも全面禁止。 |
||||||
1970年代 | 生息数が回復傾向。被害はごく一部。 | ||||||
1978年 (昭和53) | オスジカ捕獲数を1日1頭に制限。更に保護に努める。 | ||||||
1980年代 | 個体数増加。農林業や自然植生への被害深刻化。 |
平成 | 1992年 (平成4) | 『管理マニュアル』を環境庁が作成 | |||||
1994年 (平成6) | 『メスジカ狩猟獣化』を一定条件で許可。 | ||||||
1998年 (平成10) | シカを含む毛皮獣の狩猟期間短縮措置を廃止。 北海道では捕獲数制限を1日1頭から2頭に変更。 しかし被害拡大。 |
||||||
1999年 (平成11) | 「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」が大幅に改定。 「特定鳥獣保護管理計画」制度が新たに創設。 |
||||||
2002年 (平成14) | 「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」として、 条文が片仮名書きの文語から現代文へ改定。 |
||||||
2006年 (平成18) | 「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」再改定。 「特例休猟区制度」の創設。 休猟区でもシカ・イノシシ等の狩猟可能に。 |
||||||
上記をざっくりとまとめるとどうなるだろうか?
個人的には
「国は何度もルールを設けましたが乱獲が止まりませんでした。」
「その結果、鹿が絶滅しかけたので狩猟禁止にしました。」
「狩猟禁止が長く続いたので農林業被害が深刻になりました。」
「農林業の被害を食い止めるために狩って良い。」
「というか狩りなさい世の中のために。」
といった所だ。
たまに「国の対策が遅い」といった意見を目にする。
間違ってはいない。
昨今の鳥獣被害の規模を見るに対策が遅れたのは事実だろう。
しかしこの歴史を見ていると、
国ばかりを非難する気には到底なれない。
ルールを守らなかった一部の猟師達(猟師以外もいるだろう)から、
予測・操作不可能な自然環境下で、
絶滅の危機に瀕する動物達を国は守ろうとしていた。
そんな側面も感じる。
そして10年後
令和5年9月1日。
環境省と農林水産省から、
『シカ・イノシシの捕獲強化対策と捕獲目標について』
という資料が出された。
2013年の
『抜本的な鳥獣捕獲強化対策』
から10年後の実態をまとめたものだ。
結論としてニホンジカは、
本州以南・・減少したが期待した程ではない
北海道・・・一時的に減少したが増加傾向
と想定通りに進んでいない。
令和3年度の捕獲率のままで行くと、
目標としている個体数半減は2031年(令和13)。
相当後ろ倒しになる試算が出ている。
イノシシは順調に減少しているようだが、
これは豚熱(旧名:豚コレラ)の蔓延による影響が大きいのではないか。
しかし、前向きに捉えられる部分もある。
銃免許の所持者が2.6万人減少したのに対し、
わな免許の所持者が4.6万人増加している。
捕獲頭数は大幅に増加。
被害額は大幅に減少。
費用対効果の検証は当然必要になるが、
国の施策は間違いなく功を奏した。
対策が過ぎてもいけない。
そうなってしまっては、
鹿や猪にまた絶滅の危機が訪れる。
その時、
ご当地ジビエとして各都道府県が推進する事業や、
それらを生活の主軸に据えた方々はどう思うだろうか。
暮らしに困れば、
生きていくために捕獲せざるを得ないのではないだろうか。
難しい舵取りである事だけは容易に想像がつく。
今後どうすべきか
インターネットどころか電話すらない時代と現代では、
常識・正義の考え方がまるで異なるに決まっている。
生まれた時代や置かれた環境が今より良くても悪くても、
自分は完璧で清廉潔白な存在でいられる自信は無い。
【戦後食糧難の時代に生まれ餓死寸前】
もし自分がそんな状況で狩りの技能を持っていたら、
どれだけ禁止されていても、
生き延びるために迷わず獲物を仕留め食べる。
金に困れば更なる悪さをするかも知れない。
生き残る事こそが正義かも知れない。
冒頭に述べたディアライン。
森林被害として紹介したが、
これを好意的に捉える方もいる。
奈良公園の芝は短く綺麗だが、
これは人の手によるものではない。
常に鹿に食べられているため短いままなのだ。
人の手で同様の環境を作るためには10億円かかるそうで、
鹿の経済効果はすごいという訳だ。
ただ一方で、
奈良公園の鹿による農作物被害も問題になっている一面がある。
時代によって、
立場によって、
人によって正義は変わる。
乱獲と過剰な増加。
次は乱獲か?
過去の経緯を知ると絶対に防げると言いきれない。
ただ、
非難しあってばかりでは同じ時代の繰り返しになる気がする。
これからどうすべきか?
原因探しは良いが犯人捜しに力を注いでいる場合ではない。
与えられた環境で可能な限り建設的に意見を出し合い、
より個体数管理の精度を上げていく事が、
負のサイクルを引き起こさないために必要だと思う。
『身銭を切り続けてひたすらボランティア』
なんて柄ではない。
それを自分1人がしたとして、
被害を食い止められるとも賛同者が増えるとも思わない。
だが、
狩猟そしてジビエを通じて自分ができる事は何かないか?
ジビエの魅力
狩猟の魅力
それらを通じて知って貰える事は何だろう?
それはこれからも考えていこうと思う。
コメント