ナイフ屋巡り
狩猟を始めて2年目、
獲物の止め刺し(とどめ)をするための狩猟用ナイフを探していた。
解体時に肋骨を断ち切ったりもするのでペラい刃では欠けてしまう。
山中で邪魔な藪を払う際にも使いたい。
切れ味もあって頑丈、そして携行に便利な刃物が必要だった。
それなりに事前に調べてみたが、早々に剣鉈(けんなた)を選択。
薪割りができる位に頑丈、且つロープを切断できる位に鋭い刃物で、
多くの猟師は剣鉈を最低1本は持っている。
服に関しては普段からそこまでこだわりがないのだが、
罠猟となるとそれが更に加速する。
なにしろどれだけ着飾っても、
見てくれるのは4本足の動物と2本脚の師匠しかいないのだ。
鹿や猪がこちらを見る時は、当たり前だが恐怖あるいは敵意のまなざし。
師匠においては、機能性やカラーリングは別として、デザインに興味を示そうはずもない。
衣類はどう慎重に扱っても、山の中で岩や枝や地面にこすれてすぐに傷んでしまう。
また、解体になれば一滴の血も付着させないという事は難しい。
先が長くない事が分かり切っているので、そこまでコストをかける気にならないのだ。
だからいつもワークマンのお世話になっている。
防寒・耐水性があって、信じられない事に安いのにカッコいい。
それなりに機能性が高くそこそこのデザインを求める貧乏性の自分にとっては大助かりだ。
しかしナイフはそういう訳には行かない。
料理に使う包丁だって、切れ味の悪い安物の方が力を加えた時の進行方向が狂い易く危険だ。
ナイフも同様だろう。
野生動物を相手にするのだから、下手に妥協した物を選ぶとこちらの命に関わる。
ネットでは多くの情報が得られるが、実物を見て触ってみないと不安だった。
剣鉈1択で、刃物店やアウトドアショップ巡りをする日々が続いた。
![](https://esekoube.com/wp-content/uploads/2023/07/DSC_4469.jpg)
包丁用の砥石を剣鉈にも使う
意外な伝手
1部の剣鉈には、柄と歯の間に指をガードするためのヒルトという部分がある。
形状はまるで異なるが、刀で言う鍔(つば)の位置にある突起だ。
『刃を突き刺した際に先端が骨に当たり、
手が前方へすべって刃に接触し指を切ってしまった・・』
といった事態をこの突起が防いでくれる。
怪我の危険性はなるべく下げたいので、ヒルト付きの剣鉈を探した。
しかし、なかなか理想の物が見つからない。
昨今のアウトドアブームで需要は高まっているだろうから、
その種類や数も数多く出回っているだろうと思っていた。
だが、そもそも暴れる獣を止め刺しするための刃物を必要とする人などごく僅か。
スラッと1本伸びたナイフの方がデザイン的に優れていて人気があるのだろうか?
ヒルト付きの剣鉈となるとかなり選択肢が絞られた。
大きすぎると持ち運びに不便で使い勝手も悪く、また高い。
ある日、刃物で有名な岐阜県の関市で刃物祭りがあると聞きつけて参加。
しかし出店が多数並んでいたものの、そこでは剣鉈はほぼ売られていなかった。
無い無い無い・・
方々探し回り悩んだ挙句に、
秋田県に店を構える鍛冶屋へ見学しに行こうとした事がある。
猟師の中で知らない方はいないであろうフクロナガサに興味を持ったからだ。
柄の部分がフクロ(袋=空洞)になっており、
山中で手ごろな枝から棒を自作してフクロに刺す事で槍として使用できる。
(ナガサは山刀の意)
北海道や東北の雪深い地域で狩猟を行う、
特有の儀礼や習慣を持つマタギが使う狩猟刀だ。
ただ、フクロナガサにはヒルトがついていない。
迷走し過ぎていつの間にか元々の条件をすっかり忘れてしまっていた。
貧乏性なのに買うかどうかも分からないナガサのために、
「行くならまぁ飛行機だな。」
とか考えていたのだ。
猟友会の会長に止められなければ本当に行っていた気がする。
馬鹿の行動力は恐ろしい。
どうしたものか・・
半ばやけくそで高額の品を買ってしまおうかと思っていると、
ある日師匠から電話があった。
引退した猟師と遊んでいる時に、
自分が刃物選びに悩んでいる事を思い出し話題に上げてくれたのだった。
「剣鉈がほしいんだろ?今、やっても良いって奴が隣にいるから代わるぞ。」
言っている事が唐突で対応しきれない。
「え?・・え?」
とまごついていると、聞き慣れない声が聞こえて来た。
「どうも、こんにちは。」
代わった相手は師匠の元弟子、つまり自分の兄弟子だった。
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刃を磨くための研磨剤
至れり尽くせり
自分で言うのも嫌らしい話だが、礼儀には気を遣う方だと思う。
『新人だから若手だから好きなようにこき使って良い。』
『新人だから若手だから敬語は一切必要ない。』
そんな厚かましい態度で来る者に対しては、狩猟に限らずいずれ歯向かってしまう。
しかし親切にされると全く逆。
『どうか自分ごときにそんなに気を遣わないで下さい。』
そんな風に考える。
電話相手が兄弟子である事と、
その兄弟子の口調があまりに優しく丁寧だったので一気に緊張してしまった。
本当に良いのでしょうかと尋ねると全く問題ないとの事だった。
「僕はね、もう狩猟は引退して全然道具を使っていないんですよ。
ちょっと汚れたのもあるかも知れないけど、他にも色々とあるから全部あげますよ。」
信じられない。
剣鉈は最低でも1~2万はする。
猟具1つならそこまで気にする程の費用でなくても、狩猟に必要な道具は本当に沢山ある。
ロープに手袋ゴミ袋、スコップにペンチに罠本体。
山へ向かうための車のガソリンだって消耗品だ。
大概の趣味はハマる程にお金がかかるものだが、狩猟も相当な出費が必要になる。
狩猟を始める前はジビエ料理を食べる度、
「(・・これ自分で獲った方が大量に肉が手に入って安く済むのでは?)」
と毎回考えていたが、当時の自分を思いきりビンタしたい。
メリットも大量にあるがどう考えても超絶高くついている。
その大出費の内の幾つかをタダでくれると言うのだ。
「処分に困っていたから助かるよ。」
兄弟子はそう言ったが本当だろうか?
師匠は師匠で、兄弟子のお宅に行く予定が平日にあるので、
仕事で行けない自分の代わりに剣鉈を含め全て受け取っておいてくれると言う。
・・ちょっと至れり尽くせりが過ぎるんじゃないだろうか?
自分含め猟師には変わり者が多いが、こんなに優しい方達がおられるなんて。
ありがたすぎるのと申し訳なさで、ひたすら感謝を述べ続けた。
通話が終わった後でしばらく経ってから、
譲ってもらえる事になる剣鉈の写真が送られてきた。
手ごろな長さの剣鉈でカッコよくて・・ヒルトがついている!!!
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ケースにベルトを通し腰にぶら下げ移動。剣鉈はヒルト部で固定。
剣鉈⇒ウイスキー⇒???
後日、受け取った剣鉈は徹底的に磨き上げた。
柄の部分がパラコードで多少血や泥を吸っていたのと、
刃に錆びが一部見られたため、まずは洗剤で徹底洗浄。
完全乾燥後は研磨剤で錆びを落とし、その後は砥石で刃を研ぎ直した。
長らく放置されていたのだろう。
受け取った時は相当汚れていた。
それでも本当に嬉しかった。
費用が浮いた事は勿論ありがたかったのだが、
何より兄弟子の愛用した剣鉈が弟弟子である自分の元にやってきたという過程が嬉しかった。
鋼で鍛造されているので、
どれだけ磨いても表面が酸化して次第にうっすら黒ずみができる。
パラコードも少しほつれた個所がある。
しかしその両方共を気に入っている。
『味わいがあってこれはこれで良い』
以外の感情が出てこない。
今、磨き直された愛刀は毎年獲物の止め刺しと解体の役に立っている。
猪を止め刺しする際は槍として使用するため、
ヒルトが刺突時の邪魔になるがそこは安全を最優先。
鹿であれば余程角が立派で危険でない限り、この剣鉈1本で仕留めている。
止め刺し時に手を滑らせた事はない。
しかし自分がそう思っているだけで、
ヒルトがあったお陰で怪我をせずに済んでいるだけなのかもしれない。
実用性も安全性も十分だ。
剣鉈を頂いた日から更に後日、お2人にお礼を用意した。
師匠には大好きなUFOカップ焼きそばを1箱と、
酒好きらしい兄弟子には自分は飲んだ事の無い高いウイスキーを1本。
まずカップ麺を渡しに行くと師匠は言った。
「あいつ(兄弟子)なら今、川で酒飲んで釣りしてるぞ。俺も行くわ。」
色々と良いタイミングが重なる物だ。
共に川へ向かうと、
酒を飲んで竿を伸ばし釣り糸を垂れている兄弟子と思しき人がいた。
車から降りて近づき、緊張したままお礼を述べた。
そして手に持ったウイスキーを渡す。
「そんな・・いいのに。わざわざ申し訳ないですね。ありがとう。」
既に酔っていた兄弟子は、それでもやはり物腰柔らかで礼儀正しかった。
ああ・・かっこいいな。
自分もこんな風になれるかな。
そう感動していると兄弟子は言った。
「本当にありがとう。お礼に釣りたてのナマズをあげるよ。」
師匠は言った。
「でけーなこれ。お前今日キャンプだろ。食え。」
・・・???
あぁ・・猟師ってやっぱどっかヘンだわ。
![](https://esekoube.com/wp-content/uploads/2023/07/DSC_4472.jpg)
これから先もずっと使い続けたい
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