さらばS2000
狩猟免許を取得する半年ほど前、
思い切って車を買い替えようとしていた。
なにもスタイリッシュな高級車が欲しかった訳ではない。
所持していた車の維持費があまりに高く、
それがどうしても不満だったのだ。
ホンダ S2000
車好きの友人から純粋な好意で売って貰ったスポーツカー。
今、振り返ると相当な加速力と洗練されたデザインで良い車だったと思う物の、
当時の自分ごときにはその魅力がまるで理解できず、何一つ活用できていなかった。
ICE・EV・HEV・FCV
今でこそなんとかそれぞれの違いを把握できているが、
車そのものに対して昔から関心が薄い。
幼少期、車のCMは大好きな番組の流れを妨げる厄介者でしかなかった。
そのお陰で番組を楽しめていたと言うのに・・・
一度興味を持った対象には異様に執着する反面、
そうでなければ全く頭の中に入ってこない。
違いが理解できない新車情報などいつだって耳に入らなかった。
「御覧のスポンサーの提供でお送りします~」
そのセリフが流れる度に思っていた。
「やかましい!だからなんやねん!!」
成人して以降も、何か車に関する単語を述べよと言われようものなら
「・・カローラ?」
位の単語しか出てこない。
企業の規模感もまるで分かっていなかった。
トヨタ?ホンダ?スズキ?マツダ?
・・ぜーんぶ同じ位に凄いんだろ?
セダンという言葉の意味を知ったのは30歳を迎えようかという頃だった。
高速道路なんて年に数回しか使わない。
名古屋市内を颯爽と駆け抜ける訳でもない。
とにかく燃費が悪い(ハイオク1Lで7~8km)。
なのに車検含め維持費は高い。
普段、主な利用方法がスーパーの買い物だった自分にとっては余りに過ぎた代物だった。
豚に真珠も良い所だ。
狩猟に適した車
あんな高級車のシートに自分如きが乗ってはならなかったのだ。
次こそ自分に合った車にしよう。
その頃、狩猟に対してはまだまだ憧れの存在でしかなかったが、
そうなった場合も考慮した車選びをしようとは思っていた。
スペックが全く足らなかったために、
まるで役に立ちませんでしたという事態は避けなければならない。
主に検討が必要だと考えていた要素はこうだ。
- 積載スペース
- 走破性
- 燃費
- 燃料
- 音
積載スペースに関してそう悩みはしなかった。
単純(バ)思考(カ)なので大は小を兼ねると思っていたからだ。
旅先で釣りやキャンプをする際、
どちらも楽しむためには、当然どちらの道具も積みこむ必要がある。
双方の道具を積載するために必要な広さはなんとなく分かっていた。
クーラーボックスと釣竿とテントがこの位で・・
と、頭の中でおおよそ必要なスペースを想定する一方で、
「(この二種を全て載せられるなら、
そこそこのサイズの鹿や猪が少なくとも2頭は入るだろう。)」
とか考えていた。
狩猟には、
ジムニーやハスラーといったコンパクトな四駆が良いとされている。
オフロードでの走破性に優れるので、山道にもってこいなのだそうだ。
軽トラも含めそういったコンパクトサイズの車も何度か頭によぎりはした。
しかし、旅や普段使いの事も考えるとどうしてもスペース的に不満が残る。
狭いスポーツカーに乗っていた事もあり、
もっともっと広い空間を持つ車が欲しいと常々思っていた。
走破性・燃費・燃料
走破性を考えると、狩猟用としてはそれなりのサイズの四駆が最も望ましい。
多少の砂利道や雪道などものともしないだろう。
しかし、大型のSUVやピックアップトラックを買うのは資金的に苦しかった。
ランクルを買う位ならジビエ肉を買う。
狩猟をするとなればそれなりの山に入る事になるだろうが、
車で奥深くまで入っていくという手法は除外した。
人っ子1人いない奥の奥まで単独で突っ込んで行く度胸がなかったのだ。
どうしても入る必要があるなら、
途中でどこかに駐車して、そこから先は徒歩で行ける範囲で狩ろうと思っていた。
燃費や燃料の事も考えた。
元がスポーツカーなのでどの車を選んだとしても燃費は間違いなく良くなる。
燃料に関してもハイオク車は論外なので必要な費用は改善する。
待てよ?
ガソリンではなく軽油であればもっと助かる・・
そう思い、ディーゼル車の中から満足できる車選びを開始した。
音
当時、本気で重要視していた要素が音だ。
今振り返るとそこまで考慮する必要が無かったかもしれないが、
電気自動車のような静穏性に優れた車ではなく、
エンジン音がする車がむしろ必要だと思っていた。
その頃住んでいたマンションは周囲に昔ながらの家屋が多く、
車1台しか通れない道がそこら中にある地域だった。
行き違う事ができる程に道幅に余裕があったとしても、
家の庭から生える木々で見通しが悪い所が多い。
交差点を通過する際は何度も停車。
誰もいない事を普段以上に確認する必要があった。
それなのに大型のショッピングモールや小・中学校が近くに建っている。
たった今、人が飛び出して来るのではとビクビクしながら運転していた。
それらに加えて一層運転に注意を払う必要があったのが、ご高齢の方の存在だ。
認知症などの事情により、単独で家から出てしまった方がいた場合、
ご家族の通報により市内中に注意喚起のアナウンスがかかる。
それ自体は本当に素晴らしい取り組みで、
日本中に広まって欲しいシステムではある。
ただ、車を運転する側の自分からするとかなりのストレスだった。
アナウンスがされた時は当然の事、
「(ひょっとしたらまだアナウンスがされていないだけで、
目の前の交差点に飛び出して来る可能性だってあるぞ・・)」
その意識は常にあった。
狩猟をするという事は山へ入るという事。
そして獣のいる山という事はそれなりの田舎であるという事。
田舎はどうしてもご高齢の方々の比率が高いだろう。
市内アナウンスのような対策がまだなされていない可能性もある。
そのような地域で電気自動車のような静かすぎる車では事故の確率が上がるのでは?
それなりにエンジン音がする車の方がこちらに気付いて貰い易いのでは?
人身事故なんて万が一もあってはならない。
いつもその点が気になり、必ずエンジン車にしようと決めていた。
そういった点でもディーゼルはうってつけだった。
選択と評価
何から何まで自分の要望を満たす車なんてありはしない。
残念だが、優先順位をつける事は必要だ。
どの要素が自分にとって必須で、どの要素が譲歩できるのか?
一度車に興味を持ちだすとあれもこれも気になり、また不安になり、
約1年ほど中古車屋を巡りながら取捨選択していった。
結果、選んだのはディーゼルエンジンのスポーツワゴン。
- スポーツカーに比べ遥かに優れた燃費
- スペースが非常に広い
- エンジン音がする
- 四駆ではないが比較的走破性に優れるFF車
- 軽油なので燃料代が安い
それに加え、デザインや価格面も気に入った。
これなら深刻なレベルの問題は何1つ起きないだろう。
そう思えるだけの時間を十二分にかけて自分なりに検討した。
仮に問題があったとしても、他の車を選べば更にまた別の問題が出てくるだろう。
もう、これ以上の車を見つける事は自分にはできなかった。
実際、買って大満足だった。
釣り道具もキャンプ道具もどんどん積み込める。
キャンプ道具を積まなくても、その気になれば車中泊の旅だってできる広さ。
だから、後部座席のシートを倒せば獲物なんて余裕で入る。
諸々のランニングコストも激減した。
車体が大きくなった分しばらくは運転に難儀したものの、それもすぐに慣れた。
調理道具さえあれば外で仕留めた獲物の肉でそのままジビエ料理を作れるのでは?
排気量は下がったが元々が凄すぎたのだ。
もうこれ以上はなかろうて。
数年後、そういった経緯で今の車を選んだのだと、
猟師1年生の新人は、師匠が運転する軽トラックの助手席で力強く語った。
「ほぅ・・。」
「ふぅん・・。」
穏やかに相槌を打ちつつ、その熱弁を最後まで聞いた後で師匠は言った。
「なるほどな。ところでお前、どうやってそんなでかい車で細い山道に入るんだ?」
・・んゑ?
以降、僕は思うようになりました。
何事においてもまずはプロの意見を聞くべきではないでしょうか?
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