ジビエの王
結論、間違いなく優秀だ。
所属している猟友会の中では罠猟をする猟師が限られているという条件付きではあるが、
鹿は要らないと口を揃えるベテラン猟師達に、
「良い猪が獲れたので要ります?」
なんて伝えたら間違いなく連絡が殺到する(だからあまり言わない)。
狩猟を始めたばかりの頃は罠猟の経験がない先輩からも
「猪を新人が獲ろうなんて考えが甘いわ。初めの2~3年は勉強だと思って諦めろ。」
なんて言われていたものだが、今では
「今年もよろしくね!」
といった具合だ。
それ位に美味しい。
非常に賢く、警戒心が強く、また命に関わる大怪我を負いかねない危険な存在。
だからこそ罠に掛かった時は師匠と共に大喜びし、
仕留める際は笑って帰るために細心の注意を払いほぼ無言で挑む。
猪を品種改良した豚はもちろん美味しいのだが、ご先祖さまも決して負けてはいない。
野性味ある独特の香りと、噛む程に溢れ出る力強い旨味は正にジビエの王様だと思っている。
脂の魅力
赤身肉が重宝されるのは勿論の事、猪はその豊富な脂がとにかく美味しい。
普段から料理をする者として初めてその評価を聞いた時は、
「(何をどう考えても旨味と言えば赤身部分だろう?)」
と思ったものだが、実際に食べてみてその意味を思い知った。
まず食感が豚とはまるで異なる。
豚の脂をブニブニ・プヨプヨだとしたら、おかしな表現に聞こえるかもしれないが猪はサクサクだ。
なんとも不思議で白く柔らかい肉といった食感を楽しむ事ができる。
脂の中で特筆すべきはその融点で、40℃前後の豚を遥かに下回り28~30℃と言われる。
人間の体温よりも低い為、触れても口の中に入れてもどんどん溶けていき、甘味が口の中に広がる。
解体の時なんかは仕留めた直後に早々に解体しようとすると、
まだ脂が暖かく柔らかいので皮がうまく剥けない位だ。
猪肉の栄養素
農林水産省のデータから豚と猪の100gあたりの栄養価を比較表がある。
使用部位は下記の通り。
猪・・肉、脂身つき、生
豚・・大型種肉(肩ロース)、脂身つき、生
栄養成分について
肥満へのイメージを持たれたくないのだろうか?
ジビエの栄養価がいかに高く素晴らしい食材かが語られるサイトでは、
豚よりカロリーが高い事やB1が半分以下である点は伏せられている。
その辺りに敢えて着目し、理由を自分なりに考えてみる。
カロリー・脂質
豚よりも高いとはいえほぼ同じと言って良いだろう。
また上述の通り非常に低い温度で脂が溶け出すため、加熱後は同等か下回るのではないかと思う。
肥満対策といった視点では不利だが、食うに困る世の中が到来すれば歓迎されるので見方次第だ。
ビタミンB1
糖質を燃やしエネルギー変換するために必要な栄養素。
豚よりもB1が低い理由は、
どんぐりや栗を落とす実りの多い秋以外に糖質を安定して確保できないためだろうか。
どんぐり等に多く含まれるでんぷん質(炭水化物)は多糖類。
多糖類は単糖類に分解される事でエネルギー源となる。
田畑に侵入し稲や芋といった穀類を食い荒らした個体と、
山の中だけで生き延びた個体では栄養成分が大きく異なりそうだ。
猪の大好物であるみかんや柿が多く含むのは単糖類の果糖。
食べればそのままエネルギーとなるので分解の必要がない。
果物が多く実る地域で育った猪はB1をあまり必要としないのかも知れない。
ビタミンB6,B12
B6・・赤血球内の酸素運搬に必要なヘモグロビンを合成。タンパク質分解を助ける。
B12・・赤血球を生成。
猪は雑食性でネズミ、ヘビ、カニ、カエル、虫まで食べるのでB6は多く必要だろう。
またB6にも同じ事が言えるが、B12が豚よりも遥かに高い値となるのは、
山を駆け巡るための酸素供給が大きく関係していそうだ。
個体差が激しいだろうがこんな所だろうか。
B1に関しては豚が圧倒するが、配合飼料の中に穀類を多く含み、その分解に必要なのかもしれない。
全体として見てみると猪の価値は十二分にある。
個人的に大きくアピールしたいのはやはり脂身の魅力だ。
冬の雌猪の脂は非常に多く、部位によっては
赤身:脂 = 1 : 9
なんて事が珍しくない。
豚と同様、余った油は弱火で加熱すればどんどんと液体化し、冷却すれば猪ラードのできあがり。
揚げ物等の脂として使えるだけでなく、人によっては傷口に塗って軟膏代わりにしているそうだ。
鹿の肉はアスリート。
とにかく脂が少なく、家畜で例えるなら牛肉の赤身を全身にまとっている。
だからこそ寿司にも刺身にも向くのだが、それ故にどうしても料理のレパートリーが猪に比べ狭い。
片や猪は煮て良し焼いて良し蒸して良し。
野生鳥獣なので豚と比較するとやはり鉄分が多いものの、
それでも牛肉と比べれば大差ないので遠慮なく焼肉にしてもレバー臭はほぼ感じない。
そして圧倒的に感じる食欲をそそる独特の風味のお陰で全く気にならない。
農家からすればたまった物ではないが、みかん栽培の盛んな地域で獲れた猪は、
肉からほのかな柑橘類の香りがするといった話もあって非常に気になる所だ。
秋から冬の間に木々が落とした無数の木の実を山ほど食べて丸々と太った猪は、
人間に大いなる恵みをもたらしてくれる貴重な存在なのだ。
ジビエ肉の硬さ
ジビエを食べた人の中で良く聞かれるのが肉の硬さについてだ。
「ジビエは硬い」
という普段食べ慣れていない人の意見を聞いた一部の猟師は怒ったりする人もいるのだが、
それは怒るのが筋違いだと思う。
実際に家畜に比べ鹿や猪は硬い傾向にあるのは間違いない。
なぜか。
それは家畜に比べ品質が一定でないからだ。
耐病性等といった話は置いておき、
- 旨味
- 柔らかさ
- 一頭から取れる肉の量
といった点を考慮し改良され続けた上、肉の柔らかい若い段階で処理され、
更に熟成されうま味成分を増やしてからスーパーに出回る家畜に対して野生鳥獣のそれは及ばない。
どんな肉をしているのか獲って解体してみないとわからない。
熟成して旨味を増幅させる程の施設が業者程あるわけではない。
立派な大人に成長した個体は肉が引き締まっている。
そういった肉を、温度や時間に注意を払わず加熱して食すれば硬いという感想を持つのが普通だ。
どうやって美味しく頂くか
個人的には肉を何度も何度も噛み締めて味わうジビエも大好きだが、
家畜と同じような料理方法でジビエを食べた人の中からは良くない感想が出てくるのも分かる。
だからこそ自分は料理の技術を更に高めて、もっと美味しくジビエを食べたいし食べて欲しいのだ。
鹿肉の記事の際にも述べたが適切な加熱温度や時間もそうだし、
- 麹菌
- 舞茸やパパイヤ等の酵素成分
- 酒
- ブライン液
等といった物の利用によるタンパク質の分解や細胞の保水性向上、
更には物理的な力による細胞破壊と打てる手段は豊富にある。
様々な手段を講じて試し失敗し改善させ、徐々に美味しく頂けるようにするのが喜びだ。
なにしろジビエ。フランス語。
かの国では美味しく頂くための知恵が長きに渡り培われてきたのだ。
自ら仕留めた獲物を、日本だけでなく海外の技法からも学び存分に試す。
うまくいった料理法は可能な限り周りに知って貰い、ジビエは本当に美味しい物だと伝えたい。
狩猟そのものの醍醐味はオンライン通販で肉を買っても手に入らないが、
自分だけが美味しくのはもったいない。
そういった事ができるのも自分という一人の猟師が出来る事であり、また醍醐味だと思っている。
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